「備えあれば憂いなし! 生きがい編」
【退職後のジレンマ】

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NPO法人 しゃらく        
事務局長   小 倉   譲


退職後の準備にあたって

 人生にはライフスタイルがあります。人生の大きな節目は一般的に、就職・結婚・退職があります。小学校に通い出してから、中学・高校・大学を経て卒業した後、待ち受けるのは就職。社会人として責任を持って働き出す時期が始まります。それから人生の伴侶と運命の出会いをして結婚もし、約40年の長い会社人生の後、最後の大きな節目である退職を迎えます。
 一般的にサラリーマンは、退職になる2〜3年前から意識し始めると言われます。退職後の生活を充実させるためには準備をしていて当然であり、遅くてもその頃からセカンドライフの準備を行ったほうがいいのです。
 では、退職後の準備とは一体何でしょうか? 退職前世代の方が一番関心あるのが、やはり「お金」です。仕事をしていれば毎月決まった日に給料が入ってきますが、退職後はそれがなくなる。だからこそ、退職後の生活費はどれくらい必要なのか? 年金はどれくらい入ってくるのか?ということを誰もが心配します。また、健康面でも同じです。定期的な健康診断がなくなるだけでなく、加齢とともに身体状況の変化が顕著な時期にもなります。いつまでも健康でいたいと思うのは当然です。しかし、忘れられているのが、退職後の時間をどう活用するか、生きがいとは何かといった問題です。今回の「セカンドライフ準備セミナー」では、生きがい編・マネー編・健康編と退職後に最低限知っていただきたい内容をお話し、マネー編は中野先生に、健康編は八ヶ代先生にお任せして、私は生きがい編のお話をさせていただきます。
 退職後の生きがいの準備について、そもそも退職後の余暇の過ごし方について、みなさんどんなイメージを持たれているのでしょうか。「海外旅行に行こう」「ゴルフにも毎日行きたい」「家でゴロゴロするのも悪くない」などと「漠然」と考えている方があまりにも多いのですが、現実的には毎日、旅行やゴルフに行っていてはお金がいくらあっても足りませんし、家でゴロゴロしていると健康面や夫婦仲にまで悪影響を及ぼすことは必至。やはり現実的な選択肢で、具体的な準備が必要なのです。
 現役時代は毎日が仕事しごと……。特に、責任ある仕事をしているとそこから解放されたくなり、そのことだけで頭の中が一杯になることも多く、長いトンネルを抜ければ自由の身が補償されている、と考えてしまうのも仕方のないことかもしれません。
 しかし決してそこにはパラダイスが待っているわけではないのです。その時こそ、どれだけ退職後のことを準備していたか、が問われる瞬間であり、十分な準備ができたと思っていても大丈夫ではない場合すらあるのです。
 これから、実際に退職された方から伺った退職後に起こったジレンマについて、事例を二つほど紹介します。「『自分は大丈夫だ』と思う人ほど危ない」ということを予めお伝えして、話を聞いていただきたいと思います。



妻は夫の付属品ではない

 退職を控えたご主人のA男さんは、積極的に地域活動に参加しようと考え始め、退職前から妻のB子さんが行っている里山保全活動に参加し、結果的に夫婦一緒にその活動を続けることになりました。傍から見れば仲睦まじく、誰もが羨むおしどり夫婦。これにて一件落着、と誰もが思うところでした。しかし…B子さんだけはそう思っていなかった! 元々B子さんは活動のメンバーから、「B子さん」とご自身のお名前で呼ばれていたのですが、ご主人が参加するようになってからというもの、周りから「A男さんの奥さん」と呼ばれるようになってしまったのです。ご主人が退職されて3ヶ月後、ご主人は里山保全活動で存在感を増す一方で、B子さんはその活動を辞めてしまい、夫婦の間には微妙な空気が流れるようになったのです…。ご主人は今、夫婦関係の保全活動に追われる、という状況になってしまったようなのです。
 退職前の準備は大切! でも、奥さんとのほどよい距離を探ることがもっと大切!!という事例です。


退職後に直面する悲劇!
ホワイトボードが家の中心

 また別の夫婦のお話。
 ご主人が働き盛りの時期、ウィークデーに夫婦間で行われる会話は数多くありません。なぜなら、ご主人は会社で、奥さんは地域のお友達と会話をしているので、十分に事足りているからです。
 しかし、退職と同時に毎日2人だけの生活になります。奥さんは地域にネットワークがあるので問題ありませんが、ご主人は地域に友人がいないため、必然的に会話の相手が奥さんになります。奥さんが外出していても、お昼の時間になれば「ごはんは?」「ラーメンの鍋はどこにあるん?」としつこく電話がかかってきます。まもなく、「家の核燃料廃棄物を何とかしてよ〜(誰も引き取ってくれないから、ということらしい)。」とグチり始める奥さん。
 そこで奥さんは意を決して携帯電話を解約しました。すると、今度は顔を合わすたびに「今日はどこに行ってたん?」としつこく聞いてくるご主人。ついに我慢の限界がきて、同じ屋根の下に住みながら会話がなくなってしまいました。しかし、会話がないと生活は保てません。そこで重宝したのがホワイトボードです。会話をする代わりに、お互いに用事があればホワイトボードにメモをして連絡を取り合うようになりました。
 そんな日々が数ヶ月過ぎた時のことです。ご主人が会社のOB会からゴルフの誘いを受け、ゴルフに行くために久しぶりに早起きしなければならなくなりました。朝に弱いご主人は前の日の夜にホワイトボードに、「朝の5時に起こしてほしい」と書きました。それを見た奥さんは、翌朝5時に起きて行動を起こしました。「5時ですよ、起きてください」と、ホワイトボードに書いたのです。当然ご主人はこれでは起きることができず、ゴルフに行くことができませんでした。この後、ご夫婦がどうなったのかはみなさまの想像にお任せします。



退職後の『役割』

 では、なぜこんなことが起こるのかというと、退職後のそれぞれの「役割」の変化に気付かない、もしくは対応できないことに原因があります。人は生きる上で必ず「役割」があります。会社に行けば責任を持つべき役割があり、働くことは家の生活費を稼ぐという役割があります。しかし、退職後と同時にその役割が大きく変化するのです。
 それを人生のライフスタイルで例えると、次の8つの役割があると言われています。

【1】息子・娘という役割
   生涯を通して親に注ぐ時間と労力
【2】学生という役割
   小学校に入学してから高校・大学を
   卒業するまで
【3】職業人という役割
   働く人という役割
【4】配偶者という役割
   ご主人や奥さんに対する役割
【5】ホームメーカーという役割
   家事をする人の役割
【6】親という役割
   子どもを育て、守る役割
【7】余暇を楽しむ人という役割
   余暇を楽しむ人としての役割(買い物やレストランでの外食など)
【8】市民という役割
   社会奉仕、地域活動という役割

 この役割は、生まれてから発生し、年代によってその役割は変化します。次の図を見てください。生まれてすぐにある役割とは、【1】の息子・娘という役割だけです。しかし6歳になると義務教育があり、【2】の学生という役割が生まれます。そして20歳頃から【3】の職業人という役割が加わり、結婚・配偶者・親、そして家庭でのホームメーカーとしての役割が生まれてきます。
 問題なのは40歳を超えたあたりから仕事の責任も増してきて、家庭よりも仕事中心の生活になり職業人の役割が増えてくることです。その結果、配偶者や親としての役割が薄れてきます。そして、50歳になればますます仕事の役割が増していくと同時に、子どもは成長しているので親としての役割もなくなってきます。
 そして迎える定年。仕事中心のライフスタイルで、職業人という役割が大きなところを占めていたものが、一気に急降下するのです。いつもと違う時間が流れ、役割があまりない中でやりがいを失い、生きがいを消失する。そうなるとどこかに負荷がかかってくる。それは最も関係が近い「配偶者」であることはほぼ間違いなく、これが原因で退職後の夫婦間のイザコザが始まります。
 そこで、大切なのは退職後に自らの「役割」をどこに見出すかということなのです。仕事と家庭以外で自分のフィールドを見つけることが、第二の人生に生きがいを持つ大きなヒントになるのです。
 では、どんなフィールドがあるかというと、私は5つの社会があると考えているのです。

【1】職縁社会
    仕事の縁でつながっている社会
【2】血縁社会
    家族や親せき
【3】趣縁社会
    趣味でつながっている社会
【4】地縁社会
    自治会など地域でつながっている社会
【5】志縁社会
    NPO法人やボランティア団体などテーマを持って活動している社会

 職縁社会は会社でつながっている社会であり、一般的には退職と同時に関係は薄くなります。会社で仲の良かった友人とも、現役時代と比べて縁が薄くなることが多いようです。
 血縁社会には、孫の世話などもあるかもしれませんが、役割としては不十分です。
 ゴルフなどは趣縁社会ですが、お金がいくらあっても足りません。



年齢に伴う役割の推移


第二の人生

 そうなると、地縁社会や志縁社会で第二の人生を見出すことが重要なポイントになってくるのです。仕事のように全力で取り組む必要はありませんが、自分の役割と存在意義が明白になれば、素敵な第二の人生を送れるはずです。そのためには、退職前から地縁社会や志縁社会に顔を出す。毎日・毎週でなくても、1ヶ月に1回でも顔を出すことが大切です。一緒に活動をしなくても、「何をしているのですか?」と相手に話しかけることで自分の存在を知っていただくこと、また、そういった活動を見学しておくことにより、心の準備と環境づくりをしておくことが大切なのです。そうすることにより、退職が職縁社会から地縁社会や志縁社会にソフトランディングできるのです。
 退職後の準備。何もしなければ夫婦の関係がギクシャクし、奥さんと一緒の活動をしてもギクシャクする。ですので、夫婦が一定の距離を持てるセカンドライフを、退職前から準備することをお勧めします。
 ご静聴ありがとうございました。