特別講演
「環境の変化は今
 〜人類は何をしてきたのか〜」
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放送大学教授
国際連合大学特別学術顧問
中央環境審議会会長
       工学博士  鈴 木 基 之


は じ め に

 本日はたくさんのみなさんにお集まりいただきありがとうございます。今回は、私も理事をしていますモンゴルエコフォーラム(MEF)という、モンゴルの自然環境を守ろうという学者が集まって立ち上げたNPOに、みなさん方、神鋼環境ソリューション労働組合も団体会員として参加していただいている関係で、このように話をする機会を得ました。短い時間ですが、地球環境の変化について、そして人類とのかかわりについて、私の考えをお話したいと思います。どうか最後までよろしくお願いします。


ヒトの活動の転換期

 私たち人類は、ヒトという種の発生から文明や科学の発生を経て現在まで過ごしてきました。まずは、ヒトの活動の転換期という観点から、過去を振り返ってみたいと思います。
 「ヒトの発生」は約500万年前に東アフリカのエチオピアにあるグレートリフトバレイだと言われています。当時、地殻変動によりエチオピア東部の土地が隆起し、その影響で西側からの湿った気流が遮断され気候が変動したことから、それまで森であった場所の砂漠化が進み、森林が減少したため、そこに暮らしていたサルが木から下りる必要に駆られ、私たちの祖先である原始の人類が誕生しました。
 現存する世界最古の人類の化石は女性で、そのほぼ完璧に近い形の人骨の化石はルーシーと名づけられ現在も博物館で保管されています。このエチオピアのルーシーという女性が全ての人類の祖先となるわけです。
 木から下りたサルつまり原始の人類は、直立歩行を行うようになり、やがて道具や言葉そして70〜130万年前には火を使うようになりました。
 それからまず初めの転換期を迎えます。「農業の発生」です。それまでの人類は採集や狩猟を中心とした生活を送っていましたが、気候の変動による気温の低下で大規模な食料不足が人類を襲うことになったのです。これが農業と畜産そして定住の始まりにつながりました。これは8000年〜1万年前の出来事で、パレスティナ、メソポタミア、ナイルデルタ、東南アジア、中国などで起こりました。
 次の転換期は「都市の発生」です。これはエジプト、シュメール、黄河、インダスの地で、洪水の制御、潅漑方法の取得、道具の発達が農業の大型化を進め、産業としての農業が発展しました。これが余剰の富を生み、その保存されている食料を外敵から守るために、作業の分業を行い生活の空間を城壁で囲むことが進みました。これが4大文明といわれる初期の都市の発生につながるのです。約3500年〜4000年前の出来事です。
 続いての転換期は「科学の発生」です。これは17世紀の出来事で、西欧のみで発生しました。西欧では、多くの都市が誕生し都市間の交易が発達したことから、生産性を高めるための労働集約型の農業が発達し都市部への人口集中が進みました。その人口集中が疫病の大流行の原因となり、その科学的対策の必要性から医学や衛生学を中心とした自然科学が発生し、デカルト、ベーコン、ニュートン、ボイル、ラボジエなど、後々に名前を残す科学者が次々と活躍しました。ここで、機械論的自然観が発達していったことが、後の18世紀後半に起こる産業革命の誕生につながっていくのです。
 このように転換期を見てみると、気候変動や生活環境の変化が「ヒトの活動の転換」のきっかけになっていることが分かります。
 こうした歴史を経て現在の人類の繁栄につながっていくのですが、人間活動が巨大化していく中で、私たちの暮らす環境の有限性が現在の問題になってきました。


有限の時代

 そこで環境の有限性について考えてみたいと思います。90年代に生じた激変によって世界の一体化が進みましたが、これはIT技術の発展による世界的な情報の共有化と、東西二極支配体制の崩壊に起因する経済の一元化がもたらした現象と言えます。
 そうした中で、地球という有限な大きさの中での人間活動の拡大が、地球規模の気候変動とそれに起因する異常気象と災害の多発に大きく影響しており、ある意味これは私たちの自業自得の結果だと言えます。私たちは、今、気候変動に見られる地球システムの全体像とその脆さを理解してしまいました。
 そして、地球という有限で逃げ場のない空間の中で、限られた資源(エネルギー、食料、水…)をめぐっての紛争や、文明・倫理・宗教・価値観の衝突、有限認識から生じる閉塞感による犯罪や異常行動の頻発などについて、私たちが自ら答えを出していくことが求められています。
 つまり、私たちは地球の有限性に真に直面した初めての人類世代なのです。
 こうした有限といえる地球上にあって、人口増加が大きな問題となってきています。1960年代に約30億人であった世界の総人口は、1999年には約60億人になり、2050年には90億人を突破すると予想されています。特に開発途上国といわれる国々での人口増加が顕著であり、これは経済が発展し成長していく過程でいずれの国も体験する現象であり、この流れを止めることはできないと思います。
 こうした人口の増加、それも人類誕生からの長い歴史の中で類いない現代における急激な人口増加は、先ほども述べた通りエネルギー、食料、水といった限られた資源の枯渇につながり、その限られた資源をめぐっての紛争が起こることが心配されています。




地球温暖化の人間活動への影響

 ここで、地球温暖化の人間活動に与える影響について見てみましょう。まずは、気温上昇の現状についてですが、1961年から1990年までの平均温度からの差という観点で、2000年から過去140年間の地球表面温度の変化を振り返ると、140年前つまり1860年では約−0.4℃であり、だんだんと気温変化は上昇し、2000年には+0.4℃となっています。つまり気温変化のトレンドを見ると右肩上がりの上昇傾向が読み取れます。このデータを元に、地球シミュレーターという開発当時は世界最速といわれたスーパーコンピューターで、将来の状況をシミュレーションしてみると、2050年ごろには地球上のあらゆる地域で気温が悲劇的に上昇することが予想されています。日本も亜熱帯になると予想する科学者もいます。
 地球上の雨の総量は40ギガトンであり、これが降雨と蒸発を繰り返し、地球上を循環しています。衛星写真で地球を見ると、海は青く大地は砂漠地帯を除き緑に見えます。この緑の部分は森林なのでしょうか? かつては森林であったところが人類が農業を拡大していったために農地に変わった部分も緑に写っています。人間の活動が、森林の有していた長い間水を貯留しておく機能や継続的にCOを蓄積する機能を劣化させたとも言えます。
 また、気温上昇による海氷の融解は年々進み、北極海における海氷の存在も2050年までは大丈夫と言われていたものが、どんどんと消失の危険が早まっているとの警告が発せられています。海氷の融解は太陽熱の吸収の増大につながり、太平洋の島々など小島嶼国は水没の危険にさらされています。
 このように、気温上昇、局地的な豪雨などの異常気象、海面上昇による土地の水没は、農作物の生産に大きく影響することから、先に述べた人口増加にも関係し世界的な食糧不足に発展することが予想されます。したがって、これからは産業政策よりも、食糧確保という観点から農業政策が非常に重要になってくるのではないかと思います。


人間活動への影響


温暖化とCOの関係

 ここで、温室効果ガスの代表であるCOについて少し説明したいと思います。
 宇宙は、みなさんもご存知の通り真空状態であり「絶対0度の世界」です。これを物理学の世界で考えると、太陽の発するエネルギー量と地球との距離から計算し、仮に地球に大気がなく宇宙と同じ状態であれば、太陽からのエネルギーを受け地球表面から宇宙に同量のエネルギーを放射し、計算上の地球の表面温度は−18℃となります。太陽からのエネルギーの一部を地球上の大気が吸収し宇宙に逃がさないようにしていることが温室効果といわれ、これによって、地球は私たちが住むことができる環境となっているのです。
 ところが、温暖化の原因の大部分は、この大気中にあるCO濃度が上昇して温室効果が強まっていくことなのです。
 みなさんは、こちらの会場に来られるバスの車中で、映画「不都合な真実」をご覧になったと聞きましたが、その中でも同じような話やグラフが多く見られたのではないでしょうか?
 先ほど話をした地球上の雨の循環と同じく、COも地球上で循環しています。現在、大気中に778ギガトン(炭素基準、以下同様)のCOが留まっています。海への吸収と放散、大地への吸収と放散、植物の光合成と呼吸など、それぞれがほぼ平衡し大気中のCO量は一定に保たれてきました。しかし、現在は化石燃料の燃焼で年間7.2ギガトンのCOが放出され、植物の光合成以外に約3.1ギガトンの吸収があると推定されています。そして、年間に約3.2ギガトンのCOが大気中に蓄積され増加し続けています。
 そこで、現在、化石燃料の燃焼で放出している年間7.2ギガトンのCOを半分程度まで減らすことができれば、大気中のCO量の増加はストップできるのです。



IPCC(気象変動に関する政府間
パネル)からの報告

 IPCCとは世界気象機関(WMO)および国連環境計画(UNEP)により1988年に設立された国連の機関で、昨年に「不都合な真実」のアル・ゴアとともにノーベル平和賞を受賞したので、みなさんも良くご存知かと思います。
 そのIPCCは第4次評価報告書(AR4)において、次の報告をまとめています。

  1.気候変化とその影響に関する観測結果
  2.変化の原因
  3.予想される気候変化とその影響
  4.適応と緩和のオプション
  5.長期的な展望

 そして、「変化の原因」において次の通り明示しています。
人間活動により、温室効果ガス濃度は産業革命以前の水準を大きく超えている
20世紀半ば以降の全地球平均温度の上昇のほとんどは人為起源の温室効果ガスの増加による可能性がかなり高い
 またAR4では、将来における異常気象の可能性についてもまとめ、温度上昇による影響については、将来の気候変化の影響は地域によってまちまちであるとした上で、「気温の上昇が約2〜3℃以上である場合には、すべての地域は正味の便益の減少か正味のコストの増加のいずれかを被る可能性が非常に高い」とまとめています。つまりほとんどの人類が不利益を被るということです。



日本が取り組む環境政策とは

 このような世界的な背景の下、わが国はどのような環境への取り組みを行っているのでしょうか? 続いて日本の環境政策の現状についてご紹介したいと思います。
 私たち学者は、IPCCのAR4を受けて、気候変化の深刻さを広く国民に知らせ一刻も早く行動を起こしてもらいたいとの考えから、2007年2月には「科学者から国民への緊急メッセージ」をまとめ、発信してきました。

 そうした動きと並行して、政府は当時の安倍内閣総理大臣の施政方針演説で「21世紀環境立国戦略」を策定することを表明し、私が会長を務める中央環境審議会で検討をおこなった提言書を元に、2007年6月1日に「21世紀環境立国戦略」を閣議決定しました。
 その中では、今後1、2年で着手すべき8つの戦略を次のようにまとめています。

 戦略1 気候変動問題の克服に向けた国際的リーダーシップ
 戦略2 生物多様性の保全による自然の恵みの享受と継承
 戦略3 3Rを通じた持続可能な資源循環
 戦略4 公害克服の経験と知恵を生かした国際貢献
 戦略5 環境・エネルギー技術を中核とした経済発展
 戦略6 自然の恵みを活かした活力あふれる地域づくり
 戦略7 環境を感じ、考え、行動する人づくり
 戦略8 環境立国を支える仕組みづくり

 この中で、「戦略1気候変動問題の克服に向けた国際的リーダーシップ」を紹介すると、これは「美しい星50(Cool Earth 50)」としてまとめられ、すでに国際的に発信され具体的な目標としても示されています。
 これは達成するのに非常に高いハードルですが、現在のエネルギー消費の内容を見直し消費そのものを削減していくことと、エネルギーを作り出す手段も風力や太陽光、バイオマスといったCOを排出しないエネルギーを活用することで、何とか達成していかなければならないと考えています。


   


持続性社会(サスティナブル社会)の
実現に向けたパラダイム・シフトへ

 人類の増殖と成長の典型的なパターンを見ると、20世紀は成長パラダイムのもとで、人口も経済も右肩上がりの成長をしてきたと言えます。ところが、成長はいつか止まり減速していくのですが、破局に向かうのか、平衡安定に向かうのか、一旦頂点まで上り詰め緩やかに減速し平衡安定までソフトランディングするのか、最終的な着地点をイメージして選択し行動することが必要です。
 頂点まで成長を経験し、緩やかに減速し平衡安定までソフトランディングするためには、持続性パラダイムへとパラダイム・シフトを進めていく必要があると考えています。
 つまり、大量に生産し大量に消費する社会から、適量生産しできるだけ再生利用していくサービス・保守が中心の社会へ変換していくことが必要なのです。
 そして、環境問題については様々な事象が相互にリンクし関係しているということを理解し、ある一点に向けた取り組みだけでなく、総合的な取り組みが必要なのだと言えるでしょう。

   


途上国の立場、途上国支援から学ぶ

 ここで途上国の立場から見た環境問題について考えてみましょう。途上国は自分達の生活の向上のために、まずは経済発展を第一義に考えていますが、COの排出削減目標の設定が経済発展を阻害する要因となり、なかなか環境問題への取り組みまで手が回らない現状があります。あわせて途上国それぞれに、経済、産業構造、資源の賦存、技術ポテンシャルなど、発展段階に差異が見られ、一律的な対応ができないという問題もあります。
 また、工業化によって発展した先進国がこれまで二酸化炭素を排出してきたことに対する責任を追及する思いもあり、さらに先進国からの技術移転やCDMなどの支援が期待通りに進んでいないことへの不満も持っています。
 途上国の思いは、温暖化や異常気象に対して脆弱であり、被害を被るのは途上国の住民だということを先進国が理解することと、先進国が気候変動や温暖化への適応のための支援を積極的に行うことを期待しているのです。
 しかしながら、無造作に資金や技術援助を行うことは、本当の意味で途上国の支援にならないことを、私達は十分に認識しておく必要があります。
 有名な老子の言葉に「飢えている人に魚を与えると、その人は一日生き延びることができる。もし、魚の釣り方を教えることができれば、その人は一生空腹となることはない。」とあります。しかし、もし、私たちが魚の捕り方を学んだとしたら、私たちは「魚を捕りつくしてしまう」こととなるかもしれません。適正な漁獲方法や魚資源の継続的な利用は、場所により、伝統により、また、知恵により異なるものであり、生態系全体の理解が必要だと考えられます。
 このような考えで、私たちは途上国への支援を行う必要があると思っています。

CDMとは
 Clean Development Mechanismの略。クリーン開発メカニズムと訳し、京都議定書に盛り込まれた温室効果ガスの削減目標を達成するために導入された「柔軟性措置(京都メカニズム)」の一つ。
 先進国の資金・技術支援により、発展途上国において温室効果ガスの排出削減等につながる事業を実施する制度。これによって削減された量の全部または一部に相当する量を先進国が排出枠として獲得できる。


まとめにかえて

 講演のまとめにかえて、最後にみなさんにメッセージを伝えたいと思います。
 若いみなさん方には「持続可能(サスティナブル)な人間活動とは」という観点で着地点からの発想を持ち、パラダイムの転換を行って欲しいと思います。その際に大切なのは「格調の高い生き方とは」という思いを胸に持っていることです。
 オランダの格言に「高い木に登った猿は遠くが見える」という言葉があります。若い人には大きな志を持って、グローバルな視野で物事を見ていただきたいと思います。
 まさに世界に目を向け、多様な文化・文明そして宗教観の理解に努める必要があります。ここ最近は、西洋文化とイスラム文化の行き違いが、戦争やテロといった不幸なことにつながっていますが、お互いに違いを認めお互いのアイデンティティを尊重する姿勢を持つことが重要なのです。そして、先進国がいま何をすべきかということを、途上国から学ぶ姿勢が必要だと考えています。
 わが社のためにではなく社会のために、そして社会のためだけではなく世界のために、次世代・次々世代に対して誇りある対応を行ってくれることを期待しています。
 本日は最後までありがとうございました。


質問: 着地点から考える際に、その着地点を決める前提条件が違えば目指す点も異なってくると思いますが、具体的に着地点を決める際の要素は何ですか?
答え: まずは全てのものが有限であるということを認識する必要があります。例えば地球の大きさや資源の量は限りがあるということです。そのキャパシティとイーブンになることを考えれば、自然にエネルギーや資源、水などについて利用可能な物理的な上限値が決まってきます。これは環境容量という考え方にもつながり、例えば排水や廃棄物についても、もし自然の中で分解させるとすれば、どれくらいの面積が必要かということを計算するものです。

質問: 企業として着地点を考えているところがありますか? 例があれば教えてください。
答え: 一流と呼ばれている製造業の企業は、既に数年前からそのようなことをイメージして取り組んでおり、例えばコピー機の業界などがそうだと言えます。機器を売るだけでなく、トナーなどの消耗品、定期メンテナンスなどをビジネスモデルまで構築しています。そして、その中で部品の再生利用を行うなど、環境への配慮と収益を目指す企業活動との両立ができていると言えるでしょう。

質問: 途上国とのかかわりについて、CDMの導入に向けて今後どのような取り組みが必要ですか?
答え: 日本はCDMの分野において、他の先進国と比べて遅れていると言えます。現在、ヨーロッパ勢が中国の風力発電への取り組みを強化しているところですが、中国側は国が導入のコントロールをしているので、日本としても国として戦略的に取り組む必要があると思います。東南アジアでいえば、CO排出の抑制という観点より、メタンやフロンなどの排出の抑制技術が求められている傾向があり、日本の技術が役に立てる分野であると考えています。



以 上

講師プロフィール

1963年  東京大学工学部化学工学科卒業
1968年  博士号取得
工学部助手を経て東京大学生産技術研究所講師に着任。
環境化学工学の研究室を主宰
1973年  東京大学工学部助教授
1984年      〃     教授
1995〜1998年  東京大学生産技術研究所所長
1998〜2003年  国際連合大学副学長
「環境と開発」の研究プログラム部門を担当
2003年〜 放送大学教授、国連大学特別学術顧問

 研究領域としては環境技術開発、環境のモデル化などを研究対象とし、現在は特にゼロエミッション、バイオマス利活用システム開発の推進に努力している。
 現在、中央環境審議会会長、総合科学技術会議専門委員(バイオマス連携施策群主査)など。
 著書は、Adsorption Engineering(Elsevier)など。学術論文は300編以上。
 日本水環境学会賞、日本化学工学会賞、環境化学会学会賞、環境保全功労者表彰、国際水学会(IWA)ジェンキンズ賞など受賞。