安全管理講座 労災発生の鍵を握る 3つの「マ」を除く |
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コープこうべ 労務・安全衛生管理担当 顧問 茶 園 幸 子 氏 |
はじめに |
みなさん、こんばんは。お仕事のあと、お疲れ様です。 残念ながら昨年末に大変不幸な災害が発生し、みなさんの大切な仲間が被災されました。今回、二度とこの様な災害を起こさないために安全大会を開くので講話をしてもらえないかと依頼がありましたので、みなさんへ安全に関する話をさせてもらいます。実は、この神鋼環境ソリューション労働組合での講演は、これで5、6回目になると思うのですが、二度と不幸な災害を起こしてはいけないということで引き受けた次第です。 災害の中でも、この死亡災害は一番あってはいけないことです。生産現場である工場では様々な物と人とが関わり仕事していくわけですから、事故を全くなくしてしまうことは難しい環境です。しかし、そのような中でも死亡災害は、人の命が亡くなるわけですから、後戻りできないのです。危なかったから、この次は気を付けようでは済まされないのです。人間はこの世に生を受けた限り必ず死が訪れるのですが、ある日突然、全く予期しないことで命を落とすのは本人にとっても本当に理不尽なことです。 労働基準局に勤めていた時に、何度も死亡災害の調査を行ってきましたが、死亡災害での理不尽な死に当たるたび、この死を無駄にしてはいけないと思っていました。今回、みなさんの職場の仲間の一人が、この様な理不尽な死を迎えられましたが、このことを無駄にしてしまってはダメなのです。今回の災害を尊い教訓として、安全な職場、安全に強い職場に、みなさんの手で変えていきましょう。それが、亡くなった方への最大のご供養になるのだと思います。 |
労働災害とは |
災害というのは、エネルギーを持った物と人とが接触し、人が危害を受けた状態を言います。この人に危害を与える要因のことをハザードと呼びます。ハザードが人と接触してしまった状態が事故、その接触により人が負傷した場合を災害と呼びます。そしてこの災害が勤務中に起った場合が労働災害になるのです。みなさんには何度かこの話をしていますが、聞いたことありますか?(1人の参加者に聞くと、「初めて」と答える)初めての方がいる様なので、聞いたことがある人にとっては復習になりますが、災害が起こる基本的なサイクルについて説明します。先ほども言いました通り、災害は、人と物との異常なぶつかりによって人が怪我をしたり、亡くなったりすることです。 キーワードは、人と物ということですが、災害を起こす物の状態のことを『不安全状態』と言います。そして、災害を起こす人の状態のことを『不安全行動』と言います。この不安全状態や不安全行動をそのまま放置していると、災害に繋がっていきます。例えば、災害はピラミッドにも例えられていますが、頂点を1つの死亡災害とします。その一番下の根底にある危険リスクの最初の現れとしては何百件のヒヤリハットがあります。そしてその上にはちょっと擦りむく程度の何十件かのバンドエイド災害、その上に5、6件の不休災害、そして1、2件の休業災害ときて最悪のケースである死亡災害になります。1つの死亡災害の根底には様々なヒヤリハットや不休災害があり、それらを根気よく改善していかなければ、最後は取り返しのつかないことになるという例です。 これらを踏まえて今日の本題の労働災害の3つの『マ』についてお話しします。今回の話は、山本健治さんという大阪府議を経てテレビでコメンテーターをされている方が、西宮の労働基準局で特別講演された際に、何か悪いことが起こるときは3つの『マ』が関わっていると話されていたのですが、なかなか面白い話でしたので、この話を自分なりにまとめアレンジしたものです。 |
人の側の『マ』 『マサカ』の『マ』 |
人生には3つの坂があるとよく結婚式などのスピーチで話されているのを耳にしますが、聞いたことありますか? 「上り坂」と「下り坂」、そして、「マサカ」です。実は、この最後の『マサカ』が、1つ目の『マ』です。 今回の災害は、ご本人にとっては『マサカ』の災害です。不安全行動をしているわけでもない、通常の業務を淡々と行い、何事もなければ昼食へ向うはずのいつもと変わらない日常のなかで『マサカ』が起こった結果の災害です。 これは、人の側、つまり、今回亡くなった彼にとっては『マサカ』の出来事です。ですが、物の側に立ったとき、『マサカ』ではなく、なるべくしてなったことなのです。ある程度、必然性があって『魔の一瞬』を迎えてしまったのです。 |
物の側の『マ』 『まぁ、これくらい』の『マ』 |
物の側から言うと、『まぁ、これくらい』の『マ』です。『まぁ、これくらい』と、言って物の側の不安全状態を放置したために災害が起こるのです。 まず、みなさんが知っておいて欲しいのは、地球上にある物の状態の原理原則を無視してはいけないということです。例えば、太陽は毎日、東から昇って西に沈みます。例外はありません。地球上は重力があって、必ず上から下へ物も人も落ちます。 はっきりした統計が残っている訳ではなく、あくまでも私の推測ですが、労働者という立場の人の死亡災害の第1号は墜落だったと思います。というのは、太古から地球には重力があるわけですから、原始時代、高い所で作業して落ちて死ぬという災害は起こっていただろうと思うのです。そして現在に至っても高いところから落下し、衝撃荷重を受けて怪我や死亡などに至るケースが多く発生しています。これを防ぐために労働安全衛生法で2メートル以上の高所作業では、墜落防止の処置をしないといけないと規定されました。労働安全衛生法は、それ故に、『先人の血で書かれた規則(※1)』と言われています。高い所から落下すれば物も人も衝撃を受ける。これは地球上にいる限り、物理上の原理であって逃れることはできません。 それと同じことが今回の事故でも言えます。圧縮した気体は、常に開放されようとします。つまり、圧力容器内の圧縮された気体は、常に容器内の強度が弱い部分から容器外へ出ようとし、圧力が集中し大きな力を持って飛び出す危険があるのは当たり前なのです。これが物理上の原理なのです。これまでにボイラーや圧力容器が破裂して被災した例が多くあったので、ボイラー及び圧力容器の安全規則ができたのです。想定外のことではありません。ですから、今回のことも物の側から言えば、想定できることで『マサカ』ではありません。 日常の作業の中で、「時間がない」、「点検しなくてもこれくらい良いだろう」、「今まで大丈夫だったのだから」と流されがちですが、元々、危険な物だという認識を持ち続けることが非常に大事です。 |
『魔がさす』の『マ』 |
次の『マ』は、『魔がさす』の『マ』です。西宮の労働基準監督署時代に、4日間に3件の死亡災害が発生したことがありました。1件目は高さ1.6メートル、長さ1.8メートルのブロック塀をミニユンボで解体中、塀全体が倒れて、近くで作業していた作業員が下敷きになり死亡しました。ブロック塀が倒れてくると思われる方向に人がいることに気を付けず、作業を進めた結果、倒れたブロック塀で死なせてしまいました。 2件目は、以前、みなさんにもお話しましたが、酒造メーカーで、仕込みタンクの中へホースで発酵させるお酒を入れる準備作業を行っていた作業員が、前日発酵させてお酒が少し残っているタンクの中へ、メガネを落としてしまい、それを取ろうとしてタンクの底へ降りていく途中で酸欠空気を吸って倒れ、底に残っていたお酒の中へ顔を沈め窒息して死亡しました。当時、このタンクの底部には、13%の酸素濃度しかありませんでした。この部屋の中の濃度は何%か分かりますか?(参加者の一人が「20%」と答える)さすがよくご存知ですね。この作業者も仕込みタンクの底部は発酵のために酸素濃度が非常に低くなっているので気を付けなければいけないと酸欠教育を受けて百も承知だった人でした。それと同時に異物が混入すると食品メーカーとしては大変なリスクが課せられることも充分承知している人でもありました。異物が混入したお酒をすぐ廃棄すればいいだけだろうと思われるでしょうが、お酒の場合、廃棄するには税金の関係上、色々ややこしいことがあります。本人は頭では危険だと分かっていながら、とっさにタンクの底部へ降りて、メガネを拾うといった普通では考えられない行動へ出てしまいました。まさに魔がさしたとしか言い様がありません。 1件目の災害もそうですが、ミニユンボでこの方向へ力を掛けると、作業している人がいる方向へ倒れる可能性があると分かっているはずなのに、まるで魔がさしたかの様に行動し、災害を起こしてしまいました。 3件目の事例も経験30年のベテラン社員が、ショベルローダーの修理のため、処理場に出向き、油圧式のジャッキで1箇所だけ車体を持ち上げて車体下に潜って作業していたところ、車体が落ち下敷きになって亡くなりました。本来は、ジャッキアップし、それ以外に盤木で、もう一方から支えるべきところ、処理場が昼休みの間に直して欲しいと言っていたので、ついジャッキだけで支えて作業してしまいました。1箇所だけジャッキアップしていると、何らかの不測の事態が起こった場合、車体が落ちる危険があると分かっているはずなのに、魔がさしたとしか言いようのない行動で命を落とすことになりました。
以上3つの『マ』についてお話しました。これを系列的に並べると図3になります。 |
図1. |
図3.□に○を加えた『マ』の系列 |
『マ』を取り除く |
では、これらの『マ』の連鎖をどうやって取り除けばいいんでしょうか? 解決方法のキーワードもやはり、『マ』です。つまり、『間を置く』のです。何か作業を行う場合は、必ず一呼吸おいて間を置くのです。今までの作業内容を間を置いて見直し、危険な因子が隠れていないか考えるのです。時間がないと言っても、皆さんの仲間が実際に亡くなっているのです。自分の身は自分で守る。仲間の身も自分が守ると、何度か講演で言ってきましたが、間を置くことは、これらを実践するために必要なキーワードになります。 みなさん、勇気ある撤退って知ってますか? 人類初の月面着陸を成功させたのは、何か行動を起こす前にGO or NOを問う間を置き、100%問題なしと判断されれば次の過程にGOし、少しでも問題があれば、NOで戻る。そして別の方法を考え、それが100%問題なければ、GOで次に進むと言う具合にした結果、成功できたと言われています。逆にアポロ13号の月面着陸ができなかった原因は、このGO or NOを今まで問題なかったのだからやらなくてもまぁ良いだろうと途中で止めてしまった結果、宇宙船の酸素タンクが吹っ飛んでしまい月面着陸が不可能になってしまいました。このことは、映画にもなり、幸いにも乗組員全員が帰還することが出来ましたが、一歩間違えば大惨事になるところです。計画段階から慎重にGO or NOをしていればこの様な事態にはならなかったのです。この間を置くことは、やたらと時間を掛ければ良い訳ではありませんが、パニック状態に陥っている時などは充分時間を掛ける必要があります。また、素早い判断が要求される瞬間もありますが、次の工程を安全に進むための処置としては必要不可欠な時間であることは確かです。だからと言って納期などを無視して何でもかんでも極端に間を置く必要はありません。 「あつものに懲りてナマスを吹く」と言う諺がありますが、これは熱いものを食べて火傷したため、それに懲りて今度は冷たいナマスまで吹いて冷まそうとするのは意味のないことだと諭すものです。いくら安全が大事だからと言って、全ての行動に間を置くのは意味のないことです。安全を考えなければいけない行動のポイントとして、この地球上での原理原則に反する様な行動をする場合があげられるでしょう。この場合、物理的に災害が起こりうると考え、間を置く時間を必ず持ってください。今回の災害も圧力容器を取り扱っている以上、物理的に大きな力が集中して圧縮空気が外へ出る可能性は100%ないとは言い切れませんから、容器に採用している材質や部品選択から作業内容に至るまで、間を置いてGO or NOをする必要があると考えます。今まで大丈夫だったから、まぁこれくらい良いだろうでは済まないんだと肝に銘じて、安全に強い体質になってください。 |
最後に |
ある工場で、受電設備(キュービクルロッカーのような形をしている)を順番にカギを開けて掃除する仕事をしていた作業員が、最後のボックスを掃除する際に感電し右腕を失う重大災害が起こりました。このキュービクルには2万2千ボルトを受電していました。4つのうち3つまでは停電になっていたのですが、最後の1つだけは工場内で電気を使用する必要があり通電されていました。掃除することを知っていた担当者は、掃除する人に分かる様にと、ボックスのドアノブに「通電中」の札を下げました。ですが、掃除の作業者は、3つのボックスは停電していたので、4つ目も停電していると思い込み、最後のボックスのカギを開ける時もその札を見ずにドアを開けて、他のボックスと同じように掃除をしてしまい、感電して災害に遭いました。 この場合の対策として考えられるのは、まずカギ穴にカギが入らないように蓋をしてしまい、「あれ?どうしたのかな?」と間を置かせることです。「停電中のはず」という作業員の先入観を取り除いて、いつもとは違うことに気付きます。そこで初めて作業員が「通電中」の札を見つけることになり、災害が回避されたはずです。ハザードに接することを防止し、いつもと違うことを気づかせて事故そのものを起こさないようにするのです。 今回の事故に関して、様々な改善策などが講じられるだろうと思いますが、防止策は、事故そのものを起こさないようにするものであることが大事です。みなさんの仲間の一人の尊い命が亡くなっているのですから、「自分の身は自分で守る」「仲間の身も自分で守る」という安全の原点に立ち返り、不安全状態や不安全行動があれば指摘して改善させていく勇気を持って行動してください。安全に強い人、安全に強い労働組合に是非なってください。 ご静聴ありがとうございました。 ご安全に。 |
(※1) 先人の血で書かれた規則 「先人の血で書かれた規則」とは、過去に起こった災害で、多くの人が血を流したのをうけて、それを防止するために、「防護のためにカバーを設けなさい」とか、「高いところには手摺りを付けなさい」などと言う様な労働安全衛生規則が出来たので、そう呼ばれてきました。 |
(文責:吉本真由美) |
茶園 幸子 氏 プロフィール |
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