講 演
「豊かな生活」と「自然との共生」の
両立に向けて
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世界気象機関(WMO)ニューヨーク事務所長 
ザンバ・バトジャルガル博士


第T部 講   演


はじめに

 みなさんこんばんは。本日は京都での国際会議終了後の移動となり少し遅れてしまい申し訳ありません。しかし、遅い時間にもかかわらず、このように多くのみなさんが集まってくれていることに大変驚きました。みなさん方はとても勉強熱心なのですね。
 私はスイスのジュネーブに本部をおく世界気象機関(World Meteorological Organization)という国連の機関でニューヨーク事務所長をしているザンバ・バトジャルガルといいます。
 私はモンゴル人で、みなさん方が交流をしているオブス県の出身であり、その縁で私の専門である環境について、今回、みなさん方に話をすることになりました。どうぞよろしくお願いします。

講師プロフィール

1945年モンゴル国オブス県生まれ。
ソビエト連邦レニングラード(サンクトペテルブルク)気象大学・大学院卒業、理学博士。1979−1988年モンゴル国気象庁次官兼情報コンピューターセンター長、長官、1990−1996年自然環境大臣。1992−2000年世界気象機関(WMO)アジア地域部副代表・代表、2000年国連砂漠化対処条約(UNCCD)締約国会議議長に選任される。2001−2006年駐日モンゴル国大使。現在、世界気象機関(WMO)ニューヨーク事務所の所長を務める。環境と社会、気候と水問題などの論文多数。


地球温暖化はモンゴルにも
影響を及ぼしている

 私たち環境を専門とするものにとっては、これまで長い間、環境問題については学者が論議するもので一般の方々には興味の薄いものだと言われてきました。ところが、ここ数年はテレビや映画などで取り上げられてきたことから、普通に生活をしている市民の方々が環境問題について興味を持つようになってきました。これは非常に良い傾向だと思うのですが、現実は1997年のCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)で議決された京都議定書の取り組みが進んでおらず、むしろCOの排出量は増加している状態です。
 この講演の前に映画「不都合な真実」の鑑賞を行ったと聞いていますが、この100年あまりの間にどれだけ地球環境は変化し、環境破壊が進んできたか、映像を直接見てみなさんも驚かれたことでしょう。
 私の母国であるモンゴルにも日本のように四季があります。そして良く知られている通り非常に冬の厳しい国です。西の端に位置するオブス県では冬にマイナス50℃を超えたこともありますし、首都であるウランバートルですら冬の平均気温はマイナス15℃程度となっています。そのような寒い気候の土地に住む人々にとっては、地球温暖化により平均気温が上がることは、逆に生活するうえで過ごしやすい方向に変化すると考えがちですが、人々は厳しいながらも気候にあわせた生活を長い時間をかけて築き上げており、一見、過ごしやすくなるような変化も、プラスとマイナスの両面を持っているのです。
 例を挙げると、モンゴルの北部には永久凍土の土地が広がっていますが、温暖化の影響で凍土が解け、その上に建築された建物や道路が傾いたりする現象が現れ始めています。実際に県の中心部を移す必要が出てきている地方もあるのです。
 一方で南の地方では、中国との国境に広大なゴビ砂漠が広がっていますが、ゴビ砂漠が年々拡大し草原の砂漠化が問題になっています。モンゴルの人口の約40%を占める遊牧民は家畜と共に移動して生活しており、家畜そのものが財産となることから家畜が多いほど資産家だといえます。ところが砂漠化が進むと家畜が食べる草原が減少し、たくさんの家畜を養うことができないことに陥るのです。
 また、モンゴルは乾燥しており、北部は気温が低いため、各種の病気を媒体する蚊が生息していません。ところが、温暖化が進み気温が上昇すれば蚊の生息地域が北上し、これまでモンゴルでは発生していなかった病気が発生することも考えられます。
 このように、温暖化はモンゴルにも大きな影響を及ぼしており、南極と北極といった極地と、国土が水没の危機に瀕している赤道直下の話だけではなく、世界中のいずれの地域にも影響する本当に地球規模の問題であるといえるのです。



日本の森林の隠れた役割

 みなさんの住んでいる日本は森林がたくさんありますね。実は日本の国土に占める森林の割合は約66%にもなりますが、森林にはどのような役割があるか知っていますか? 木材資源としての森林、COを吸収する機能としての森林、台風の暴風や土砂崩れを防ぐ防災の意味での森林と、さまざまな役割を森林は持っていますが、もうひとつの大きな役割は多くの飲み水を蓄えるダムの役目です。日本の地形は東西に細長く山地が多い地形であることから、日本の川は短く急流が多いことはみなさんも良く知っていることでしょう。年間の降雨量が多いとはいえ、本来なら降り注いだ雨がすぐに海まで流れ出てしまうところを、豊かな森林がダムの役目を果たし多くの水を蓄えているのです。
 日本の方々は、降雨量の多さから森林の持つ貯水という意味にあまり関心を示していないように思いますが、米国では大きな町になると貯水プールを建設し飲料水を貯めています。日本では水が豊富で、無尽蔵にあると錯覚される方も多いでしょうが、世界中の人々にとって水資源の確保ということは非常に重要なことなのです。



日本は環境技術で
世界をリードする存在に!

 ここ近年の中国経済の急成長には目を見張るものがあると感じています。その一方で急激な経済成長がもたらす環境への影響が心配されています。現に中国で排出された有害な化学物質が気流に乗って日本に流れ込んでいるということも確認されていますし、日本の海岸に中国の廃棄物が流れ着くということも起こっています。つまり、環境問題というのは一国だけの問題ではなく、近隣諸国への影響が大きいといえるのです。
 昨年はヨーロッパで局地的な大雨による洪水や、記録的な猛暑による被害が発生しました。これまでは異常気象として、まれな現象であると扱われてきた事柄が、毎年のように発生し、その発生頻度が増加し規模が大きくなってきています。アジアでも同様の傾向が現れています。台風の発生件数は増加し、その威力も強力になっています。日本でも昨年は台風の上陸数が多かったと聞いています。
  はじめにも話をしましたが、このように災害という形で人々の生活に多大な影響を及ぼすことから、これまで学者の間で学問として論議されてきた課題が、自らの生活に関わる課題として注目され、環境を守ること、そして環境について考えることの必要性が、年々、増してきていると言えるのです。
 産業革命以降、先進国の人々は産業の発展を通じて豊かな生活を手に入れてきましたが、そのことにより自然環境を破壊してきました。その結果が今日の地球温暖化の現象なのです。それでは豊かな生活と自然との共生を両立する道はないのでしょうか? 私はその道は必ずあると思います。その鍵はみなさん方日本にあるのです。日本の環境技術や製品は世界をリードしている存在であり、日本は生活を豊かにし安心して暮らせる生活と環境に配慮した生活を実践することができるお手本になると考えています。
 これまで産業政策を重視してきた米国は、世界最大のCO排出国であるにもかかわらず京都議定書の批准にも否定的であり、地球温暖化への取り組みは進んでいないように見えましたが、巨大ハリケーンで大きな被害が発生したこともあり、この1年で大きく変わってきたと感じています。
 今後、環境技術の競争は激しくなるでしょう。今は日本とヨーロッパが技術や取り組みで先行していますが、米国や中国が現在ある技術をベースに本気で環境技術に取り組んだら、その潜在的な能力は高いのではないでしょうか。しかし、私はそうなった時にでも、日本が更にその先を行き環境技術のトップを走り続け、世界をリードしてくれることを期待しているのです。

 このまま話し続けるときりがないので、ここで私の話を切り上げて、今度はみなさん方から質問を受けて、そのテーマを元にディスカッションしていきたいと思います。




第U部 オープンディスカッション〜バトジャルガル博士に聞く!〜

 日本は周りを海に囲まれていることから外国との交流や交渉が下手で、ともすれば自分のことばかり考えていると取られがちでありますが、今後、日本がリーダシップをとって世界で活躍していくためにはどのようなことを目指すべきでしょうか?

 産業革命から始まり大航海時代以降、冷戦時代までは、軍事力を持つことが世界に影響を及ぼす唯一の方法であると考えられていました。実際に冷戦時代は核保有国である東西の大国が、それぞれの陣営で大きな影響を与えていました。
 冷戦後は経済力が世界に大きく影響を及ぼすことになりました。それは主に金銭的な援助や技術的・人的な支援です。この面での主役も、やはり冷戦時代と同様に米国とロシアでした。しかし、軍事力と違って経済力での影響となると2大国のみならず、先進国の各国がさまざまな分野でリーダーとなっています。そのひとつが日本といえます。
 第2次世界大戦の敗戦を経た日本とドイツが、軍隊を持たず経済で大国になれることを証明したことで、発展途上の国々は日本をお手本に経済発展で国を繁栄させようと考えているはずです。
 軍事大国であった米国やロシアは軍事力で物事を解決しようとしましたが、ロシアのアフガン進攻や米国のベトナム、イラク進攻の例を見ても分かる通り、軍事力では何も解決しなかったのではないでしょうか?
 日本は戦闘機や核兵器を作っているわけでなく、品質の良い自動車や家電製品を作り世界中に売り出すことで経済的に成功しました。私は世界中の国際会議に出席しますが、どこの国、どの地域に出向いても、日本製品を目にしない日はないと思います。日本製品は品質面で信頼性が高く「Made in Japan」という言葉がひとつのブランドであり、日本の最大の強みであると私は感じています。
 しかしながら、日本製品が高い信頼を得ている割には、国際会議や国際社会における日本の地位というか取り扱いが意外に低いことを不思議に思っています。自分なりに分析したところ、日本は近隣諸国、特に中国、韓国、北朝鮮、ロシアの各国と利害関係がありそれぞれに諸問題を抱えているからなのだと思います。日本がアジアのリーダーとして活躍していくためには、近隣諸国との理解と分かち合いが必要だと思います。


 ご講演の中で環境技術が日本の強みであると述べられましたが、今後の日本に期待する技術とはどのようなことが考えられますか?

 日本はリサイクルの仕組みが大変進んでいるので、更にリサイクルできる項目を増やして、アジア各国にその仕組みを展開し定着させることが大切であると思っています。
 また、日本は省エネ技術も進んでいるので、今後の目標としては化石燃料の輸入に依存するのではなく、太陽光や風力、水力といった自然エネルギーの活用が必要ではないだろうかと思っています。

 隣国の大国として、中国の経済成長がさまざまな方面で日本に影響していると思いますが、この点についてはどのように考えられていますか?

 現在の中国の経済は私たちの想像を超えるスピードで成長しており、国を挙げて経済発展を第一に考えています。この成長を重視した急激な発展が、周りの環境に対し悪影響を及ぼしていることは中国の学者も認識していますし、中国国内でも大きな問題になっています。特に食物の化学物質による汚染問題ついては中国でも問題視されています。しかし、彼らが豊かな生活を目指すことを止める権利は先進国にもないわけであり、まさに経済発展と環境を両立させる必要があるといえます。
 しかしながら中国は、全国民のGDPは高くないものの経済の規模ではすでに大国であり、各国の政府やマスメディアが注目していることから、今後は中国政府としても環境問題に対し何もしないというわけにもいかない状態となっています。これからは、徐々にではあるものの環境に対する姿勢が変わってくるだろうと思います。

 地球温暖化や海洋汚染など、人間が普通に生活するだけで地球環境に悪影響を及ぼしていますが、これ以上、世界の人口が増えると地球のキャパシティを越えるように思いますがどうでしょうか?

 確かに世界の人口は増加していますが、人口が増加することで必ずしも問題が発生するわけではなく、むしろ私たち一人ひとりがどのような生き方を選んでいくのか、そして実際にどうやって暮らしていくのかを考えていくことが大切であり、将来の環境が悪くなると悲観せずに、良い家庭を築き自分が幸せになることを心がければ良いと思います。

通訳プロフィール

今回の講演で通訳してくれたツェルゾル氏は、2007年10月まで神戸大学大学院に在学し、現在はモンゴルに帰国され、政府機関に勤務されています。
(写真左がツェルゾル氏)

 仕事をしていると何のために働くのかということに行き詰ってしまいます。単刀直入にお聞きしますが、バトジャルガル博士の考える本当の幸せとは何ですか?

 幸せには基準などありません。それはそれぞれの人の中にあるものであり、他人にその基準を押し付けるものでもないと思います。
 その中で、私の幸せについてあえて述べるとすれば、人間は動物の一種であり何かを食べないと生きていけないので、まず食べるものが必要です。次に動物の一種ですが毛皮がないので、寒さをしのぐために服が必要です。また、服だけでは雨が降ったときに凍えてしまうので、屋根つまり家が必要です。簡単に言えば、人間が生活していくうえで必要な「衣・食・住」の三つがあれば私は満足であり幸せです。
 しかし、これだけでは面白くありませんから、もう少し本音の部分を紹介すると、人間は一人ひとり希望が違い、その希望に向かう意欲も違います。人というのは希望がかなうことで満足感を得て幸せと感じるのです。それは俗人的ですが、良い学校に入る、良い会社に就職する、やりがいのある仕事をする、よき伴侶を持つ、良き家庭を持つなど、それぞれのステージで希望が実現することで幸せを感じるのでしょう。
 そういう意味では、現時点での私の一番の幸せとは、現在、やりがいを持って取り組んでいる環境という大きな仕事をやり遂げることだと思っています。

 学者として、政治家として、長年、環境に携わってこられたバトジャルガル博士が、普段の生活で取り組んでいる身近な環境対策について教えてください。

 はじめの挨拶でも述べた通り、私はモンゴルのオブス県に生まれ育ちました。オブス県はモンゴルの西端に位置し、とても自然の豊かな地域です。その自然豊かな中で成長していくうちに、強制的ではなくごく普通に自然を大切にして自然を愛する精神が育まれてきました。環境への取り組みは何も特別なことをするのではなく、このような自然を愛し大切にしたいという心を持ち続けるということが重要だと考えています。
 気持ち以外の成果であえて言うならば、モンゴル国の自然環境大臣を6年間務めてきました。これも立派な環境活動になりませんか?(一同笑い)


講演のむすび

 環境問題の解決を行う「環境ソリューション」という社名は非常に良い名前であり、そこで働く若いみなさんが仕事を終えてこうして学ぶために集まっているということは、大変すばらしいことだと感じています。あなたたち若い方々の技術で環境問題を解決してもらい、アジアの中で環境のリーダーシップを取ってもらうことを期待しています。
 本日は、心に響く質問を通じて多くのディスカッションができたことをうれしく思っています。みなさん方が環境問題について真剣に取り組んでいるからこそ、あのような真摯な質問が出てきたのだと感じました。このような気持ちを忘れずに、環境問題について取り組んでいってください。
以 上