講演
『健康と笑い』
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三遊亭 楽団治


 みなさん、こんにちは。私は三遊亭楽団冶と申しまして、テレビの笑点にレギュラー出演している三遊亭楽太郎の8番目の外弟子です。みなさんもご存知とは思いますが、あのマラソン選手だった瀬古さんに似た人です。彼はプロの落語家になり私の方は大学を卒業してから26年間、小中学校で教鞭をとっていました。えっ、そんな風に見えない? 本当ですよ。ですが、退職する時は、嫁さんも相当あきれてましたけどね、最後は「あんたのしたいようにしたらええわ」と言ってくれました。(参加者より笑い)
 講演師を始める前に、楽太郎師匠にも真っ先に相談したところ、ありがたいことに「それなら8番目の外弟子にしてあげましょう」ということになり、今は、アマチュア落語家として高座に上がったり、このような研修の講師として講演を行いながら各地を回っています。収入は現役時代と比べてずっと減りましたが、楽しい毎日を過ごしていますよ。
 今日はみなさん定年をされた方、もしくはこれから定年される方がお集まりとのことですが、定年後の時間ってどのぐらいあると思いますか? まず、今までサラリーマンとして働いた時間を計算してみましょう。通勤時間も含めて一日当たり12時間労働したとしましょう。22歳からはじめ60歳まで、毎週5日間、38年間働いたとすると、12(時間/日))×5(日/週))×50(週/年))×38(年間))=11万4000時間という時間を過ごしたことになります。
 同じように、60歳定年後83歳まで生きたとすると、睡眠や食事、お風呂に入る時間を除いて、家に居て自由に好きなことが出来る時間が一日当たり14時間あります。
 14(時間/日))×365)(日))×23)(年間))=11万8000時間です。どうですか? 今まで働いてきた時間とほぼ同じ時間がこれから残されていることが分かったでしょう?
 皆さん今まで働いた時間と同じだけの時間があるのですから、有意義に過ごしたいですよね。
 堺屋太一氏の著書「団塊の世代『黄金の十年』が始まる」の中でも定年後の生き方として、人は3種類に分けることができると書かれています。@収入追求型、A見栄重視型、B好み満足型です。人生をお金や肩書きを重視して過ごすのが良いのか、好きな事して過ごす方が良いのか考えてみてください。人それぞれ価値観が違うので、一概には言えませんが、堺屋太一さんのご意見では、好み満足型の生き方が望ましいと述べられていますし、私自身もそう思っています。これからの人生をどのように生きていけば良いのか、こうした視点でも考え直してみるのもひとつの方法ですので、是非、帰って奥さんと話をしてみてください。


 話は変わりますが、今の世の中で昔と比べて無くなったものが3つあると言われています。というか私が言っているのですが、みなさんなんだか分かりますか?
 一つ目は親子の会話する時間です。一体、どれくらい会話をしていると思われますか?(参加者を指して答えを促しながら)私ね、元教師やから聞いてる人間が寝んように当てて答えてもらうの得意ですねん。
 10分ぐらいかなぁと思っています? 全然違います。たったの4秒です。(参加者より感嘆の声があがる)
 驚きですよね。最近は携帯電話が普及した影響で、ただでさえ会話のない家族では、ご飯ができたことを2階にいる子供に携帯のメールで知らせるそうです。(参加者が笑う)
 みなさんのご家庭はそんなことないでしょうねぇ。会話は大切ですよ。最近は親が子供を殺したり、子供が親を殺したりと怖い話がいっぱいありますが、親子で何でもしっかり会話していたらそんなことにはならないはずですからね。自分と同じ顔をした血を分けた親や子が憎いわけがないですよ。
 それから二つ目に、子供が自然と触れあう時間が無くなりました。ゲームやパソコンばかりで遊んで自然と触れあう時間が無くなってしまいました。お父さんお母さんに、いま子供と一緒に何をしたいかと聞くと、大抵がキャンプや野外バーベキュー、サイクリングというような答えが返ってきますが、反対に子供達に聞くと「親とはどこにも一緒に行きたくないからお金だけちょうだい」という答えが返ってくるそうです。いまの子供達は必要以上に虫やトカゲなどを怖がったりする傾向がありますが、小さなころから土や生き物とふれあうことが、心身ともに子供の育成に対し本当に良い影響があるということを知って欲しいものです。
 最後の三つ目は、母親の笑顔が無くなってしまいました。「呵呵大笑(かかたいしょう)」という言葉があります。腹の底から笑うと言う意味ですが、呵呵(かか=母母)というところから語源から来ています。笑うということは、腹式呼吸になります。約2000ccの酸素が吸収されます。笑うことは、本当に体に良いのです。ウソとちゃいまっせ。
 笑いと健康とは、密接な関係があります。医学的にも、笑うことで悪い菌を殺す「ナチュラルキラー細胞」というものの数が増えることが報告されています。笑いながら生活することは非常に大事なことなのです。日本医大の吉野名誉教授が、笑いによる効果について検査数値の変化について研究していますが、その中でも有名な事例を紹介すると、みなさんも良くご存じの林家木久蔵という落語家がいます。あの笑点で木久蔵ラーメンといつも言っている黄色い人、いや黄色い着物の人です。その木久蔵師匠に、リウマチ患者の人に集まってもらった中で落語をやっていただいたところ、落語を聞く前と後では痛みの原因を示す物質の数値が明らかに減っていたのです。本当ですよ。これは、ちゃんと学会でも報告されていますし、新聞にも掲載されています。ほらこれを見てください。(新聞記事のコピーを片手ににっこり)


 また、妊婦が桂文珍さんの落語と新人の落語を聞いた場合、文珍さんの話を聞いた時のほうが、お腹の中の胎児の胎動の変化が大きいそうです。胎児にも笑いの効果はあるんですね。お医者さんで処方される鎮痛剤は、その効果に限りがあり場合によっては恐ろしい副作用もありますが、笑いの効果は限りなく副作用もありません。
 笑うことは、健康だけでなくスポーツの成績にも良いことが証明されています。笑うことで記録が伸びる例があるのですが、カール・ルイスは100m走のレース中、70mあたりで「ニッ」と笑っています。ほんまかいな?と思ってスローで見たのですが、確かに笑っていました。そして本当にそこから、ゴールにかけてぐっと速くなっているのです。私も、早速に体育の授業で立ち幅飛びで生徒に笑いの効果を試してみました。飛ぶ前に、「ニコッ」と笑って飛ぶと、全員ではありませんでしたが、笑う前に行った記録を伸ばす子供たちが過半数を超えていました。笑いの効果って本当にすごいですね。
 仏頂面の人っていうのは、笑っても何かぎこちないところがありますよね。顔には、「表情筋」というものがあって、仏頂面の人は普段から表情筋を使っていないから、何かぎこちなく心の底から笑っていないように見えます。最近の若者は、この表情筋を使うことが減ってきました。サイレントベビーという本も出ているくらい、若者だけでなく赤ちゃんにまで笑いが減ってきています。赤ちゃんというのは、本来笑うことで親を引きつける本能を持っているのですが、何らかの影響によって笑わない赤ちゃんがいるそうです。怖いですね。みなさんも普段から表情筋を動かし笑いを絶やさないよう心がけてみてください。そのことで健康な体と、魅力的なゆたかな表情を手に入れることができるはずです。
 もうひとつ有名な話を紹介しますが、病院で自らがピエロの格好をして患者さん達を笑わせて、病気や傷の痛みを和らげたり治療を促進したりしている医師が実在しています。この話は「パッチアダムス」というタイトルでロビンウィリアム主演の映画にもなりましたので、ご存知の方も多いと思います。これは海外の話ですが、国内でも笑いと健康の効果について実践している医師が出始めていると聞いています。
 そのほかにも色々な文献で、笑うことによって体が楽になったとか、ストレスを発散できたとかいう効果が医学的にも証明されています。みなさんも、もっともっと笑って、これからの人生を楽しく生きていきましょう。
 最後に、何か参考になればと思い「熟年夫婦のべからず心得」を夫と妻に分けてご紹介し、今日の講演を締めくくりたいと思います。
 講演はこれで終了ですが、この講演に引き続いて落語を一席ご披露させていただく予定になっています。みなさん勉強だけでなく大いに笑って、笑いの効果を実感して帰っていただければありがたいと思っています。本日は最後までお聞きくださり、ありがとうございました。

講師プロフィール

本名:太田垣康雄
三遊亭楽太郎の8番目の外弟子
(アマチュア落語家、講演師)
1954年兵庫県朝来市和田山町生まれ
青山学院大学在学中、落語研究会に所属。楽太郎とは先輩後輩の間柄
小中学校26年間の教職のあと、現在、兵庫笑いの会事務局長、たんたん落語会会長、NPO法人シニア夢大学登録講師、京都中丹文化事業団登録講師をしている。

熟年夫婦の べからず 心得
―― 夫の十ヵ条 ――

第1条 定年をひがむべからず
 いよいよ人生をエンジョイする時期なのだ。やりたいことができるときなのだ。
 花も実もある人生とは定年からのことをいう。
第2条 青年のすることを真似るべからず
 能力も体力も現代に対する感覚も反射神経もすっかり鈍化していることを知れ。年齢よりも五歳若いつもり……それが限界なのだ。
第3条 不健全な生活をするべからず
 規則正しい生活と適度の運動が必要。酒とタバコを節制し、腹七分が適当。
第4条 日常身ぎたなくするべからず
 高齢者がきらわれる理由の一つだ。身ぎれいは心の持ち方まで変えるもの。年相応のおしゃれを楽しみ、不精になるな。
第5条 争いごとをおこすべからず
 自説にガンコにこだわるのは老いた証拠。
 人の和をはかるのが60代だ。自説にこだわれば人はその周囲を避けて通るもの。
第6条 昔の肩書きを思うべからず
 たかが一企業の管理職ぐらい、掃いて捨てるほどゴロゴロしている。昔の肩書きにこだわるのはゴミ屑の中を恋しがるようなものだ。
第7条 金もうけを考えるべからず

 温室育ちに何ができるか。世の中それほど単純ではないし、せいぜいだまされないように用心することだ。
第8条 無駄に日を送るべからず
 人間は考える葦である。何かやろうとする意欲と努力がないとボケも早いのだ。まず大事なのは好奇心である。
第9条 自分のカラにこもるべからず
 古いコミュニケーションを復活し、新しいコミュニケーションの中にとび込んで自分の社会を創造することだ。井の中の蛙のままで終わるのは情けない。
第10条 わが妻をあなどるべからず
 家庭の主権者は妻である。この主権を犯すなかれ。妻の生き方は夫よりもはるかに現実的で賢明なのだ。
―― 妻の十ヵ条 ――

第1条 悲観的になるなかれ
 年金と貯蓄の利子で十分な生活ができるはず。夫にとって辛いのは、妻の憂うつな顔とあてつけがましい態度だ。それが争いの因になる。
第2条 夫に刺激的な態度をとるなかれ
 夫はいま虚脱と不安と心細さの中でイナオリをきめているのだ。この際に刺激的な言動は禁物。温室育ちの夫の神経はガラス細工よりもろいことを知れ。
第3条 夫婦の対話を嫌うなかれ
 夫は在社中対話の相手に不自由しなかったはず。どんな話でも軽蔑せずに聞いてやること。明るい対話が夫の40年間の疲労をいやす。
第4条 夫の過去の役職にこだわるなかれ
 役職などは一企業内の人事にしかすぎない。夫の価値は別のところにあるはずだ。まずそれを再発見すること。
第5条 夫に金もうけをそそのかすなかれ
 男は夢を見つづけるもの。しかし60歳では人にだまされるのがオチだ。それとなく手綱を引きしめて安易な金もうけの道など考えさせないこと。
第6条 夫の友人を嫌うなかれ
 夫の周囲にはいまや妻と友人のみ。友人は社会とのパイプであり、妻は栄養剤。
第7条 夫の趣味をけなすなかれ
 趣味に没頭するとき夫の機嫌はいいものだ。趣味がない夫はとかく妻の言動が気になるもの。家庭平和のためにも夫の趣味を理解すること。
第8条 夫をヌレオチバにするなかれ
 夫を乳離れさせるためには、まず夫が落ちつける城を家の中に設けてやること。子供には子供部屋が必要であるように……。
第9条 夫の家事手伝いを拒否するなかれ
 折を見て徐々に夫の分担家事をつくってやる。男は働くことが嫌いではないからだ。
第10条 自分の趣味を怠るなかれ
 夫に対する不満は趣味の充実でハケグチをつくるべし。