労働組合員のための
労働組合員による
「労働災害防止講座」
生活協同組合コープこうべ         
   人事・教育部 労務・安全衛生管理担当
  顧問 茶 園 幸 子


は じ め に

 皆さん、こんにちは。コープこうべの茶園です。私は、昭和43年に監督官になって以来、34年間、労働基準局、労働基準監督署の仕事に携わってきました。現在は、コープこうべの人事・教育部と労務・安全衛生管理担当の顧問をしております。過去に何度かこういった席で、労働災害についてお話していますので、「あぁ、あれ聞いた、聞いた」と、同じ事を何回も聞かれることになるかもしれません。でも、その時は聞いたつもりでいても皆さんも忘れるでしょ?何回も何回も聞いているうちに人って覚えていくことになりますので、今日は皆さんの復習も兼ねて聞いてくださいね。


突然ですが、
わたしの労災体験をご紹介します

 実は、皆さんの組合で前回講演したときは何も無かったのですが、その後、安全担当顧問である私自身が労災にあってしまいました。まずはその話からします。去年の7月13日にコープこうべの関連会社の食品製造工場へ行った時のことです。店に並んでいる様なお惣菜を作っている工場なのですが、そこに安全指導に来てくださいということで、その工場へ行きました。工場はやはり食品製造業ですから、白衣を着て、帽子を被り、長靴を履いて、完全装備を着用してパトロールしました。第一、第二の工場はその状態で巡回しましたが、最後の第三工場は、その後で講演も…と言ってもparkの公園じゃなく、話をする講演の方が待ち受けていたこともあり、白衣と帽子だけ被って、靴は普通の靴の上にナイロンの大きなカバーを履いてその会社の社長と一緒にまわりました。最後、冷凍庫の中を一通り歩き、出てきた所にマットが敷いてあったので、そこを機嫌よく歩いていました。ところが、普通の床になったところを歩いたとたんに、ツルーンと、滑ってしまったのです。思わず右手で体を支えたのですが、その支えた右手首を骨折してしまいました。滑った時は衝撃過重が非常に高くなります。体重の2倍ぐらいが衝撃過重になると言われていますので、私の場合、ざっと0.1トン以上の過重がかかった状態だったのです。それを右手一本で受けて骨折してしまいました。
 この中で、骨折したことのある人いますか?(参加者の数人が手を上げる)結構、沢山折っていますね。骨折り損ですね。(一同笑い)本当に多いですね。安全担当の方は気をつけないと…。骨の接ぎ方ですが、私の場合、骨を固定するのに、腕の骨折した部分にやぐらの様なものを組んで、やぐらとやぐらの間を鉄棒で繋いで外側から固定する方法で「創外固定」と言いますが、5週間その状態で過ごしました。その間、監督署の後輩に、創外固定という名前は聞いていても実際どういう状態なのか知らないので、見せてあげたりもしました。5週間後に、この固定を抜くときは、二度とこの様な体験はしたくないと思いました。皆さんの工場でも、基本的に「滑る」と言うことは、よくある災害のひとつでもあるので、衝撃過重が2倍かかると言うことをよく覚えておいてくださいね。


危険だらけの職場
…どの段階で防止していきますか?

 このピラミッド図、覚えていますか? 忘れているでしょうね。では、労働災害が発生するピラミッド図を見ながらご説明します。皆さんが働く職場は危険だらけです。これだけ高度な文明社会ともなると当然です。広い野原でひとりいるのなら別ですが、この社会で働いている限り、どこにでも危険があると考えなければいけません。まず、最初に危険の芽が顔を出すところ、これを「ヒヤリハット」と呼んでいます。聞いた事あるでしょ? 例えば、私の先ほどの労災で、何か支えることができて、骨折するに至らなかった場合、「危なかったね」だけで済むので、これは、「ヒヤリハット」になります。上へ行く程、悪い条件が重なるのですが、次の段階では、支える物がなくて、脛に血が滲んでしまった場合「バンドエイドでも貼っとけ」ということになるので、これは「バンドエイド災害」と言います。もう少し、症状が悪くて、膝の傷口が少し割れてしまって医者に行く必要があるけれど、休むほどではない場合、これは何と言いますか?(参加者のひとりが答える)「不休災害」。そう、さすがやね。他の人もちゃんと考えないと駄目よ。そして、打ちどころが悪く、骨折してしまって休まなくてはならない場合は「休業災害」になります。そして最後、一番上が、死亡となります。
 危険の芽ということが、いろんな条件が重なって、死亡までいってしまいますよ。と、言ったことをこのピラミッド図では説明しています。ちなみに労災保険は、不休災害の段階から給付されます。
 さて、ここで、一番大切なのは、この底辺の「ヒヤリハット」で危険の芽を摘むことができたら、ピラミッド図の上の災害まで行かないよと言うことです。ですから、「ヒヤリハット」を出しなさいと言うのは、この段階で何とか食い止めたいために言っているのです。安全衛生委員会でも言われていませんか? 「ヒヤリハット」を出しなさいと。


まず、労働災害のメカニズムを
知ってください

 そもそも労働災害というのは、何か?という事ですが、エネルギーやスピードを持っている「もの」と「人」が「異常なぶち当たり」によって、「人」がやられる場合、これを「災害」といいます。聞いた事ありますか? 記憶にも無いですか? では、折角、会社の休みの日に出てきているのですから、しっかり、覚えていってくださいね。止まっている自動車に人が近づいてもこれは災害になりませんよね。でも、80km/hで走っている車に近づいて当たると、これは「異常なぶち当たり」となって、「人」がやられてしまいますね。この異常なぶち当たりを事故と言っているのですが、このうち、人が損傷することを「災害」と言いますが、「人」がやられた状態も全て含めて「事故」とも言っています。「労災」というのは、就業時間中に仕事に関する事で起こった「災害」のことを言います。
 去年、但馬などを襲った台風による災害は、「自然災害」になります。交通事故などで言われている「事故」と言う区分は、これら人に関する事も仕事に関する事も全てを含めて言っています。そして、キーワードは、「人」「もの」「異常なぶち当り」。この3つです。この災害が起こるときの「もの」を不安全状態と呼んでいます。また、「人」の状態を不安全行動と呼んでいます。ですから、労働災害の防止のキーワードとしては、「不安全状態を解消する」、「不安全行動を行わない」「異常なぶち当たりを防ぐ」という3つのことが考えられる訳です。ただ、災害があった場合、その原因が「不安全状態」と、「不安全行動」が五分五分であることはまずありません。八割が「不安全行動」で、残りの二割が「不安全状態」だと言われています。これら労働災害を分かりやすく分析した内容に沿って、どうしたら防止できるかの対策を次にご紹介していきます。




労働災害防止対策

1)不安全状態を解消しよう
 まず、不安全状態の解消からいきましょうか。昭和47年に、労働基準法の1章でしかなかった条文を独立させて労働安全衛生法ができました。当時、年間で労災によって亡くなる人が6千人でしたが、この労働安全衛生法が施行されてからは少しずつ効果が表れ、現在では2千人を割るまでに減少しました。
 労働安全衛生法を受けた労働安全衛生規則では、不安全状態を具体的に規制しています。例えば、回転物の回転部分に挟まれる恐れがある場合は、その部分にカバーを設けなさいとか、2m以上の高所で墜落すると危険であると思われる所へ登る場合は、墜落防止策を講じなさいとか、機械を掃除するときは一旦止めてからしなさいとか、事細かく定められています。法律によって不安全状態を規制し、それをチェックするのが、労働基準監督官です。こういった対策が功を奏して、法違反はほとんどなくなっています。皆さんの工場でも法律に触れる様な事は多分ないと思います。
 しかし、法律違反をしないから安全が確保されているのかと言うと、そういう訳でもありません。安全規則は、「先人の血で書かれた」と言われていますが、これは本当に含蓄のある言葉だと思いますね。意味するところは、いろんな人が、例えば、回転物に手を挟まれて指先を失い、血を流した人が何人もいたから、法律で回転物にカバーをしなさいと規制したのです。ですから、かつての事例があったから出来た法律だけに、この法律さえ守っていれば全てのことにおいて、安全の確保ができるとは限らないのです。技術の進歩により、今まで考えも及ばない様な危険が生まれています。つまり、労働安全衛生法を守っているだけでは安全を確保できるわけではないということです。それ以上の対策を打つ必要があります。それでは不安全状態を解消するには、どうしたら良いか?
 まず、最前線で実際に業務している一般従業員の方ひとりひとりが、ヒヤリハットを経験した場合、それが、先ほどのピラミッド図の様に、ほっておくと死亡災害まで繋がる可能性がある事を自覚して、「危険」なことであると感じる感性を磨く事です。そして、危ないと感じた事は、会社へ申し出て、改善を促すことが大事です。申し出のあと、会社側で改善の必要性を検討して優先順位をつけて実行という形になりますが、労働組合側ではそういった会社の検討事項をよくチェックして、見届けていく必要があります。労働災害が起こってからは当然の事ですが、ヒヤリハットの状態からの改善の促しと見届けは、労働組合としての取り組みが重要なポイントです。事が起こってからでは遅いのです。

2)不安全行動を防止しよう
 不安全行動の防止。これはやっかいです。私が労働基準監督署で主任監督官(一般会社の課長職)をしていた頃の話をします。ヒラの監督官で、電話など、外部への対応には身が軽いのですが、書類をまとめたりする事に関しては苦手で対応が遅い人がいました。その人へは、「自分以外の電話の取次ぎは人に任せて、担当事案の処理に専念しなさい」と命令しました。すると、「はい。分かりました。」と、返事はするのですが、近くの電話が鳴った瞬間に受話器を取って対応しているんです。「今、言ったばかりでしょ。関係のない電話には出なくてもいい」と言っても返事はいいのですが、暫くすると、やはり電話に出てしまう。頭では分かっているのですが、体が反応してしまうのです。電話の取次ぎ等の様な仕事は得意なので、その得意な分野で好きな様にやってしまうと言った特性をもっているのです。そういった特性を持っている人間の不安全行動をなくすことは、非常に難しい問題となります。性格、経験、感性の違いがある人間の行動は、プログラミングされた事以外はしないロボットとは違い、どんな行動にでるのか予測することが不可能です。
 これが災害原因の八割を占めている不安全行動の難しさの原因です。ですが、難しいからと言って、放置する訳にはいきませんから、これを防止するための切り口として「意識レベル」の分析をするというものがあります。何かと言いますと、仕事で行動している際の意識レベルについて橋本邦衛先生といって国鉄時代の安全工学の先生が5段階に分けて分析したものです。それを茶園流にアレンジして説明しますね。
意識レベルの5段階

レベル IV パニック
レベル III 緊張
レベル II 普通
レベル I ぼんやり
レベル 0 ねむり
  まず、一番意識の低い状態はレベル0で「ねむり」といいます。もう少し意識がある状態をレベル I 「ぼんやり」。普通に意識がある状態をレベル II 「普通」。意識がかなりしっかりある場合をレベル III 「緊張」。もっと意識がある場合をレベル IV 「パニック」といいます。
 仕事中に居眠りするなんて以ての外なのですが、最近よく言われていますが、睡眠時無呼吸症候群という病気があります。太っている人等は、睡眠時に気道の筋肉が垂れてしまい、気道を塞いで脳に空気がまわらない状態を起こしてしまいます。脳がそれに反応して気道の筋肉を緊張させ空気を取り入れようとします。これを寝ている間に何回も繰り返すため、眠りが浅くなり、日中に居眠りしてしまうのです。以前にJR新幹線の運転士が、居眠りしている間に列車が何kmか走ってしまったが、ATC(自動列車制御装置)で大事に至らなかったということがありました。ご存知の方も多いと思います。これは病気ですので、適切な治療を受ける事で治癒します。次に I の「ぼんやり」ですが、これは心ここにあらずという状態です。ミスを起こす可能性が一番多い状態です。慣れた道を慣れた道順で車の運転をする場合は、「ぼんやり」でも運転できます。ですが、いつもの状態にプラス、何か変わった状況が加わると、この「ぼんやり」では対応ができにくいのです。次に II の「普通」の状態ですが、これは外に向かっての意識も適当にあり、現在行っていることも判断できる状態です。III の「緊張」については、やろうとしている事に対して一番正確に把握できている状態で、前頭葉が一番活発に動いており、危険予知もしっかりでき、例え、不安全状態であったとしても、人間側の状態が「緊張」であれば、災害には繋がりません。それなら、いつでも意識レベルを「緊張」状態にしていれば、良いのではないかと思いますよね。ところが、「緊張」という状態は、8時間のうち2時間しかもたないのです。それ以上は脳がパンクしてしまいます。そして IV 「パニック」の状態は、やろうとしていることに対しては異常な力を発揮しますが、それ以外の外に対する意識は全くありません。まわりが全く見えていない状態です。この状態は事故を起しやすい状態です。
 JR尼崎の事故を例にあげてみます。運転士は4年間に3回の日勤教育(運転ミスを犯した運転士に対して行われる懲罰的指導のことで、再教育とも呼ばれる)を受けており、反省文を読むと、「緊張して業務を行っていきます」等という文章があります。これらの文を読みながら、私なりに事故当時の意識状態を分析してみました。


  この運転士は、日勤教育の後、「緊張」した状態で運転したはずです。ですから、ミスもなく、うまく出来ました。その結果、緊張状態だったからミスも無く出来ていたのにも関わらず、自分はできると過信してしまい、復帰してからも時々意識レベルを緊張からぼんやりまで落としていたのかも知れません。これはこの運転士の性格にもよりました。この運転士の性格は、比較的明るく、皆から好かれる性格だった様です。そう言う人は、反省しても落ち込むことが少なく、すぐに回復してしまう事から精神病にはならないかわりに、あまり思慮深くない性格になります。ですから、事故の当日、伊丹駅でオーバーランしてしまった時の彼の意識レベルは、「ぼんやり」だったのかもしれません。1分半の遅れをしてしまったため、再び、意識レベルを上げていったのでしょうが、「緊張」で止めておけば良かったのに、日勤教育や車掌への降格の可能性を意識したのでしょう。意識レベルが「緊張」を通り越して「パニック」になり、時間を取り戻そうとする事だけに集中して、外が見えない状態になり、事故へと繋がっていったのではないかと考えます。
 こういった例の様に、不安全行動を防止していくためには、意識レベルを理解してうまくコントロールしていくことが大切です。まず、人はミスをするものという前提で、設備や機械など「もの」の側でミスをしない工夫、ミスをしても災害にならない工夫をした上で、なお、その上に人の側の意識レベルを必要な時に必要なレベルまで上げる様にすることです。


組合としてしっかり
取り組んで欲しいこと

1)労働安全衛生委員会
 労働安全衛生法では、安全衛生委員会を毎月1回以上やらなければならない事が、法律で決まっています。その中で、労組員の方が関わってくる所があります。それは、安全衛生委員会の委員のメンバーは、安全に関する経験を有する者を事業所が選ぶことになっていますが、そのうちの半分は、労働組合の推薦がなければならないと決められているのです。つまり、半分は労組員から委員が選出されると言うことです。
 これだけはっきりと法律で労組員を入れなさいと決められた条文はまずありません。何故かというと、安全衛生に関しては労使一体となって取り組むべき事であると同時に、ヒヤリハット等は職場の最前線で働いている労組員だけが言える事だからです。
 この中で安全衛生委員の方いますか? では、今日を境に、これから安全衛生員会に出席したときは、一言でも発言する様に決心しませんか? 発言することで、日常のちょっとした危険に気づく感性を磨いていくことができます。「安全衛生委員会一言運動」を実行してみてはどうでしょうか?

2)管理体制確立に向けて、労組としての役割
 また、労組員として、職場の風通しをよくする役割を担ってください。JRでの管理体制がバッシングされていますが、何か事故が起こった場合に必要な事が必要な部署に伝わっていないこと、伝わらない組織であることが問題となっていました。
 ヒヤリハットを経験しても、経験した人から汲み出していかなければ、生かされないし、改善へ反映できません。個人で言えない事でも労働組合としてなら言えますから、有効に活用して欲しいと思います。安全衛生に関しては、トップダウンではなくボトムアップをお願いしますね。



おわりに

 安全衛生に関しては、会社からの指示を待って、安全の対策をするのではなく、労組員から会社へ改善を提案していってください。何度も言いますが、「トップダウン」ではなく「ボトムアップ」です。以前の講演でも紹介しましたが、「双葉にして断たざれば、斧を用いるに至る」という言葉があります。災害も小さな芽(ヒヤリハット)のうちに摘み取ってしまわなければ重大な災害となり、大きな手間や費用がかかってしまうと言う意味です。不安要素は小さなうちに消してしまう様、労組員として労組員のために行動していってください。
(文責:吉本真由美)


● 講師プロフィール ●
経歴:
1968年4月 労働基準監督官任官 神戸西労働基準監督署勤務
1971年〜1975年 大阪労働基準局勤務
1976年4月〜 兵庫労働基準局 神戸西署・局・高砂署・尼崎署・神戸西署
1988年4月〜 西宮署次長・姫路署次長
1991年4月〜 西脇署長・局監督課主任監察官・西宮署長・尼崎署長・神戸西署長
2001年4月〜 神戸東監督署長就任
2002年4月 同署長退任
   同年4月〜 コープこうべ 労務・安全衛生管理顧問就任、現在に至る