「育つ人・育てる人の心」
株式会社 千房 代表取締役 中井 政嗣
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ビジョンづくり委員会の教材になった
『無印人間でも社長になれた』 |
中井 政嗣(なかい まさつぐ)
・PROFILE・
1945年奈良県に生まれる。1961年奈良県當麻町立白鳳中学校卒業。
卒業と同時に乾物屋に丁稚奉公。1973年大阪ミナミ千日前にお好み焼専門店「千房」を開店。大阪の味を、独特の感性で国内はもちろん海外にも広めている。
その間、1986年、40歳にして大阪府立桃谷高等学校を卒業。
現在、社会問題化している青少年の教育に対し、体験をふまえた独特の持論が、社会教育化として注目を集め、全国各地の教育委員会・PTA・経営者団体・企業での講演は多くの人々に感動を呼び起こしている。
2002年6月25、26日放送のNHKラジオ深夜便「心の時代」に登場。
著書に『無印人間でも社長になれた』(ぱるす出版)がある。道頓堀商店会会長。 |
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先行き不透明な時代とはいえ、夢や目標の無い人生ほどむなしいことはない。目標とは、「あなた、どこに行きたいの?」つまり行き先です。
例えば海外旅行と国内旅行、準備が違います。行き先がわからないということは、迷い子≠ニ同じです。迷い子には三つの条件があります。1、行き先がわからない 2、現在地がわからない 3、行く方法がわからない。
私も最初から大きな目標を持って歩んできたわけではありません。学歴はない、お金もない、やる気なし。夢や希望など持てる訳ありません。
中学を卒業し、丁稚奉公に出されたその年の10月に父が病気で亡くなりました。それからです、私の人生が変わったのは。自立心が芽ばえたのです。もう誰にもたよれない。小さな店を持とう、独立しよう。
まずは貯金。「お金は使わんかったら貯まる」。やがては、老夫婦の経営するお好み焼きと出合うのですが、正直「お好み焼き」、食べるのは好きですが経営に関わることは「いやだ!」。
いくら資金なしでもプライドが許さない。しかしこの「嫌だ」という思いが今の千房を創ったのです。私は経営者。経営者ですらお好み焼きに関わることを恥ずかしいと思った。だからそこに勤める従業員はもっと恥ずかしいに違いない。
いくら募集しても人が集まらない。企業にはならない。だったら誇りの持てる店を創ろう。夢の持てる会社を創ろうと決心した。
数少ない従業員とはいつも夢を語った。5人の従業員、「5店舗を作り皆は店長や」。「会社のような出張もあるで」、「海外へも進出や」、「給料も高いぞ」。皆は目を輝かせ、一日の疲れも消え失せた。
勤務時間を管理する勤務表はない。マニュアルもない。自分のことは自分で管理する。また自分の夢や希望は人に言え。
ある時、「社長は、どんな会社を目指しているのですか?」と質問した。私はすかさず「お前はどんな会社にしたいのか」、そして「それはお前が造るんや!」と。
人をあてにするうちはダメ。一人では何も出来ないが、一人から始めなければ何も起こらない。自分の決心がついたら、自分を信じていたら必ず道は拓けるもの。またその過程において色々な壁にぶち当たる。しかし、その壁こそが成長の証し。壁を乗り越えて初めて、その成功のコツが解り、努力したことが快感に変わる。仕事はウソつかない。努力は必ず報われる。
皆が頭では理解出来るのですが、実践が伴わないから実現しないだけです。それも継続してこそです。学歴も知識も豊富なのに、知恵や工夫が足りない。つまり体験、経験不足なのです。
人間は花を見て感激、感動します。何故だろうか。命、一所懸命生きているからです。人間もそうです。一所懸命努力している人に周囲は支援するものです。
何の才能も無かった私ですが、沢山の人達に励まされ支えられたお陰です。そして今、そのご恩返しが色々な人達に出来ればこんな素晴らしい人生はない。素直に思うのです。 |
中井政嗣氏揮毫 |
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