災害事例に学ぶ






生活協同組合コープこうべ 人事・教育部
労務・安全衛生管理担当 顧問
茶 園 幸 子


労働災害とは

 みなさんこんにちは。コープこうべの茶園です。本日は、シリーズ最終回の第4回目となりますが、まとめの研修会として「災害事例に学ぶ」というテーマで、労働災害の事例を紹介します。これを参考にして、みなさんに同じ過ちを繰り返さないようしっかりと学んで頂きたいと思います。
 まずはじめに、「労働災害」という言葉は、言葉としてはよく使われますが、どのようなことをいうのでしょうか。もちろん、業務中に災害に遭うことを「労働災害」と言うことから、業務中であることは絶対条件ですが、結局はエネルギーを持った「物」が「人」と接触し、「人」が危害を受けた状態のことを言います。
  ここで、この「人に危害を与える要因」のことをハザードと呼びます。ハザードにはどのようなものがあるのかというと、いろんな動力で動いている機械、位置のエネルギーがある高所作業場所、電気関係、有機溶剤、酸欠危険場所などがあり、この現代社会においては、至る所にハザードが存在するといえます。しかし、ただハザードがあるだけでは、災害は発生しません。また、このハザードが人と接触し、人がケガをする恐れのある状態をリスクと呼んでおり、実際にこのリスクが具体化して、ハザードが人と接触してしまった状態が事故なのです。その結果、人が負傷した場合を災害と呼んでいます。
 災害を防ぐには、具体的にどのようにしていくべきでしょうか。人とハザードが接触しても人が傷つかなければよいという防止策には、保護具があります。保護具には、ヘルメット、安全帯、保護めがねなどがあり、高い場所での作業で墜落しかけても命綱があれば、人がケガをしなくても済むのです。同様なことが墜落防止ネットにもいえ、人が落ちてもネットが張ってあれば、ケガをしなくてもすみます。私が現在勤めているコープこうべにおいては、食材を切る作業で切り傷をすることが多いのですが、織りが堅い手袋を着用することで、手を傷つけることが少なくなりました。このように、人が傷つかなければ災害にはならないので、傷つくことを防ごうとする方法がひとつの防止策です。
 しかし、人が傷つかないようにということだけで災害を防止しようとした場合には、不十分な部分があるのです。こんな災害事例もありました。スレート葺きの屋根の上で作業を行っていたところ、スレートを踏み破り墜落してしまいました。墜落防止ネットを張っていましたので、ネットに一旦引っ掛かったのですが、衝撃が強くネットの結び目がほどけ、ネットごと墜落しました。ネットにより衝撃が緩和されたため、一命はとりとめたものの、重傷を負い下半身不随となりました。従って、このような防止策では、根本的な安全対策とはいえないのです。これよりは一歩踏み込んで、ハザードに接しないようにするための防止策が必要となります。この防止策には、ベルトを覆っているカバーや高所での手摺りやプレスの安全装置などがあります。これは、人が傷つかなければよいという考え方ではなく、事故そのものを起こさないようするための防止策なのです。しかし、この策にも弱い部分があり、手摺りの隙間や手摺りの溶接不良により墜落するというケースが考えられます。要は、労働災害の防止として一番大切なことは、「人がケガをするおそれのある状態=リスク」を無くしていくということです。これを本質安全化といいます。人と物が接しない完全自動化などがこれに当たります。最近では、多くの作業が自動化されている企業がよくありますが、それでも開始時、終了時、点検・修理・清掃時などでは、人が接触することがあるため災害が発生する可能性があります。可能性をゼロにすることは、非常に困難なことであるといえるのです。

労働災害ピラミッド

 物と人との係わりの中で、災害が起こる要因が物側にある場合を「不安全状態」と言い、人側にある場合を「不安全行動」と呼んでいます。労働災害を分析してみると、一つの災害の要因が、全て不安全状態にあったり、不安全行動にあるということはあまり無く、双方の兼ね合いとなっています。割合で言いますと、不安全状態にあることが2割程度であり、ほぼ8割が不安全行動にあります。ここで、労働災害の被害程度や現れ方を示すのに、労働災害ピラミッドというものがあります。このピラミッドには、「顕在危険」と「潜在危険」があり、まず顕在危険には危険のリスクの最初の現れとしてヒヤリハットがあります。それから、バンドエイド災害→不休災害→休業災害ときて最悪のケースである死亡災害になるのです。この災害を起こすリスクはどこにでも存在しますが、このリスクがまず顔出しするのがヒヤリハットであり、この段階で危険の芽を摘んでおけば、これ以上にひどくなることはありません。しかし、もう少し悪い条件が重なっていくにつれ、バンドエイド災害や不休災害に発展し、さらに悪い条件が重なり合って最終的に死亡災害へと発展していくのです。死亡災害になるには、危険な要素があるうえに悪い条件が重なり合って起こるものであり、ヒヤリハットの段階で危険な要素を潰していくことが大変重要なことであるといえます。

魔の一瞬

 労働災害の被害の程度は、一瞬の偶然によって決まります。神戸西監督署に勤めていた頃の災害事例で、造船所で船のドックの修理を行っていた時に起こった死亡災害があります。作業員がゴンドラに乗り、高さ40m程度の場所で修理していたところ、ドックの波の影響で船が揺れ、持っていたスパナを落としてしまいました。その時、ちょうどゴンドラの真下を歩いている人がいて、その人の頭上にスパナが当たってしまったのです。40m下の人に狙って投げてもあたることはほとんど無いのに、この災害では、偶然にも被災者の頭に当たってしまいました。通路にはバリケードを張り通行止めの表示を行
っていましたが、40mもの上空で作業が行われているため通路からはよく見えず、通行止めの表示があったにも関わらず通っても大丈夫だろうという気持ちにかられてしまったのです。このときにスパナが落ちてくるという魔の一瞬が重なり合って死亡災害となりました。正に、被害の大きさは偶然で決まるということを示した災害でした。
 次に具体的な事例ですが、私自身が災害調査に行ったり、もしくは報告を受けて労災の検討を行った災害事例をお話しながら、皆さんといっしょに考えていきたいと思います。


【災害事例1】
  墜落災害「1mは1命とる」
 まずはじめの災害事例は「1mは1命とる」という語呂合わせにもなっています墜落災害の話です。この災害は、大きな橋脚の一部を塗装するために前処理としてサンドブラスト作業を行っている際に起こりました。圧縮空気により砂を吹き付けるため、屋外では作業できず大きなテントの中で作業を行っていました。いろんな角度から吹き付けるため、可搬式で手摺り付きのアルミ作業台に乗って、作業を行いました。また、砂を吹き付けているため、床には砂が落ちていて、少々作業台がぐらつくような状況でした。そして、圧縮空気で砂を送るためのホースや身体をすっぽりと覆った宇宙服のような防護服に空気を送るためのホースが足下に通っていました。二人で作業を行っていましたが、一人が砂を吹きつけるトーチをもって作業を始め10分程度たった時に、もう一人が様子を見に行くと、被災者は床に倒れてぐったりとなっていました。呼びかけてもしばらくは応答が無かったのですが、そのうち意識がもどったため、少し休憩を取らせて家に帰らせました。ところが、夜中に容態が急変し、病院に運ばれましたが翌日になって亡くなりました。どのような状況で災害が発生したのか災害調査をしたところ、目撃者はいませんが調査の結果、作業台の2段目位で作業を行っており、その高さは1.5m程度でしたが、作業を続けながら作業台の下の段に移動しようとした時に、足下のホースに引っ掛かったりして倒れて、たまたまテントの鉄製の柱に頭を強くぶつけたというものでした。
 この死亡災害における不安全行動は、足下にホースが2本通っているのに安易に後退りしたことやテントの中で宇宙服のような作業服を着ているため非常に暑く、ヘルメットもかぶりにくいのでかぶっていなかったことが挙げられます。ヘルメットに関しては、不安全行動でもありますが、もし会社側がヘルメットの着用を義務づけていなかったとしたら、不安全状態ともいえます。他に不安全状態といえば、作業台がぐらついていたことが挙げられます。さらに、偶然にも落ちたところに鉄製の柱があったことが大きな要因となっています。柱でなく、ただ床の上に落ちていたならば、死亡事故にはなっていなかったでしょう。また、倒れた後、同僚に発見された時も、高さが1.5m程度からの転落であり、出血もしていないため、大したことはないであろうと判断されたことも運が悪かったのです。もしすぐに救急車を呼んでいたならば、脳内出血も発見され治療をされていたのかもしれませんが、大したことはないだろうと判断してしまったため、結果として死亡災害となってしまったのです。このように、たかだか1.5m程度の高さにおいても、打ち所が悪ければ死亡災害になりうるのです。案外、そう高くない5m以下の高さからの墜落による死亡災害も多くあり、高所に比べ危険意識が低いことがその要因となっています。高所ばかりでなく低所においても、作業を行う場合は、この災害事例を思い出し、きっちりヘルメットを着用すること等を常に意識するようにして下さい。

【災害事例2】
  高所からの墜落災害
 次の墜落災害事例は、高所からの墜落災害です。マンションの建設現場において外部階段を作るための作業足場を設置する作業中でした。被災者は勤続10年のベテランであり、30才過ぎの男性でした。また、この被災者は、足場作業主任者の資格を持っており、元請けからは、足場組立中のため親綱を張り、安全帯を使用するように指示を受けていました。しかし被災者は、安全帯を使用せずビデ足場の枠の一部を持ちながら作業を行ったため、バランスを崩し墜落し、死亡災害となりました。この災害の原因は、親綱を張っていたけれど、安全帯を使用していなかったことで明確です。もし安全帯を使用していたら、このような災害は発生しなかったのです。被災者は足場作業主任者の資格を持っていて、このような高所作業においては、安全帯を使わなければならないことは、百も承知であったにも関わらず、なぜ使用しなかったのでしょうか。その原因を調べるために、その現場で作業を行っていた人を集め、使用しなかった理由等についてブレーンストーミングを行ってもらいました。率直な意見を聞くために行ったブレーンストーミングの中で、一緒に作業を行っていた人からはこのような意見が出てきました。安全帯を使用すると、足場のコーナーの部分では、安全帯を掛け替えなければ移動できない、掛け替えを行う時は、一旦荷を降ろし、安全帯を掛け替えたあと荷を持ち直すという手間のかかる作業となっていることや、このようなことを一々していては作業が進まないということと、10年の経験があり自分が落ちるはずがないと安全帯を掛けることを怠ったことが原因ではないかという意見が出ました。コの字形でコーナー部が2箇所もあるので安全帯を掛けにくい場所でもあったのです。
 このような作業であっても邪魔くさがらず、自分の身は自分で守るためにも、親綱は頑丈な場所に必ず張り、安全帯を使用するようにして下さい。そして、このような災害で亡くなっている方が現にいたことを憶えておいて下さい。

【災害事例3】
  巻き込まれ災害
 挟まれ・巻き込まれ災害は今でも数多く発生し、製造業においては、最も多い災害の一つとなっています。死亡災害まで至ることはあまり無いのですが、運が悪いと死亡災害となるケースが出てきます。今からお話しする災害は、私が高砂監督署に勤務し主任監督官時代の死亡災害です。ドラムに針が数多くついている綿打ち機を利用した発砲スチロールを粉砕する機械を使用している工場での災害です。この粉砕機は古い機械で、なぜかドラムから約20cmのシャフトが飛び出ていて、ドラムといっしょに回転していました。発泡スチロールを粉砕するだけの機械ですので、そんなに早く回転しているわけではありません。家内工業であり、パートのおばさんと夫婦で営む小さな町工場です。このような機械でも危険なため使用するのは、社長であるご主人が行っていました。この日は、作業を行っている時に電話がかかってきて、ご主人は電話に出るために10分ほど機械の側から離れました。電話を終わり戻ってくると、なんと奥さんが機械の前に倒れ、辺り一面が血の海となり死亡していました。なぜこのような災害が起こったのかは、この状況からの推測となりますが、回転しているシャフトに奥さんの作業服が絡みついて、機械に巻き込まれたことが想像できました。服が絡まった時に、人は服を引き抜こうとしますが、引き抜かずに脱いでしまえば良かったのです。このとき奥さんはパニックに陥り、このような判断もできない状態にあったといえます。そのためずるずると引き込まれ、機械に挟まれ右上腕部がちぎれ、投げ出されたという死亡災害でした。この災害調査に行った時に、遺体は別の場所に安置されていたのですが、工場の一面が血の海で、その中にぽつんとまるで舟のように奥さんの運動靴が浮かんでいました。今も忘れることの出来ない悲惨な光景でした。
 この災害における不安全状態として、明らかに必要も無く突き出たシャフトをそのままにしていたことがあります。シャフトを切断するためには溶断しなければならず、費用も掛かることから、作業自体にはそんなに悪影響もないためシャフトがそのままにされていました。そして、もうひとつの不安全状態は、挟まれる危険のある箇所に自ら操作できるスイッチが付いていなかったことです。この機械を操作するスイッチはかなり離れた場所にしかありませんでした。挟まれる危険がある状態において、声を掛けてすぐに誰かが操作してくれる場合を除いては、自ら操作できるスイッチを設けなければならず、ベルトコンベア等についても、要所には急停止スイッチを設けなさいという安全衛生規則があります。
 不安全行動としては、用事があったにしろ危険な箇所に不用意に近づいたことが言えますが、この災害においては、不安全状態がその原因の大部分の災害であったといえます。回転している軸受けなどで、表面がつるつるの場合は、巻き込まれないような気がしますが、きれいに真円を描いて回っているわけではなく、表面に突起物がなくても巻き込まれる可能性がありますので、充分に気をつけて下さい。

【災害事例4】
  挟まれ災害
 西宮市にある食料品製造業での挟まれ災害です。27才の製造工が、冷凍米飯処理室で、冷凍野菜の規格サイズ裁断試験を行うため、高速裁断機に材料を入れて裁断していました。刃が上下運動し、野菜を裁断していくのですが、その刃に野菜が詰まったため野菜を取り除こうとしていました。裁断刃はむき出しでは危ないので、当然、安全カバーは付いていました。スイッチを止め、安全カバーをはずして野菜を取り除こうとした時に、起動スイッチに触れてしまい、指を切断してしまったという災害です。この災害での問題点は、安全カバーは付いていたけれどもインターロックになっていなかったことです。インターロックになっていれば安全カバーを開けた場合には起動スイッチを押しても動かない状態になっていたのです。通常の作業を行っている時は安全ですが、このように故障や清掃を行う時の安全が守られていなかったため、指を切断してしまう災害が発生しました。現在では、インターロックやリミットスイッチを付け、安全を確保することが進んできていますが、自分たちの作業場において、安全カバーが付いているかとか、安全カバーを外すと起動しないかなどをチェックするようにして下さい。チェックした結果、そうなっていなかったら、改善するよう申し出て、自分の身を自分で守るよう提案しましょう。

【災害事例5】
  感電災害「100Vでも人は死ぬ」
 兵庫区で朝から営業している公衆浴場での感電災害です。朝から営業しているレジャー施設も備えた公衆浴場で、災害が発生したのは6月の蒸し暑い日でした。お風呂の掃除は、開店前に出勤して風呂場の洗い場や浴槽を掃除するのですが、風呂場の洗い場のゴミを取るだけではなく、洗浄ブラシ付きの掃除機を使用しタイルを磨いていくのです。他の作業員が出勤してきた時に、この洗い場を掃除していた人が倒れており、救急車で病院に運びこんだのですが、すでに死亡していたという災害です。被災者は50代後半の男性で、心臓病を患っており、最初は心臓発作によるものとなっていました。ところが、遺族の方には、病気によるものではないのではとの思いがあり、掃除機を鑑定して欲しいと申し入れました。
 その結果、掃除機が漏電していることがわかったのです。掃除機の取っ手にはゴムなどでカバーをしていますが、それがめくれていて、そこからこの電気が入り、身体の中を通って心臓停止となり死亡に至ったのです。これは、安全衛生法違反であります。安衛法20条、安衛則333条の条文によると、「電動機を有する機械または器具で第1電圧が150V超える移動式もしくは可搬式のものまたは水と導電性の高い液体がある場所で作業を行う場合においては、漏電遮断装置を取り付けるか、もしくはアースを取り付けなければならない」となっています。コードを設備内のコンセントに差し込んだだけで、漏電遮断器が用いられていない状態で、この掃除機が漏電していたので電気が被災者の身体を通って、大地に流れ心臓停止に至ったのです。第1回労対委員研修会「安全衛生について」の時に話したように、災害が発生したとき労働安全衛生法違反があった場合は、労働基準監督官が司法処分を行うことが出来ますので、この災害について私が主任捜査官として司法処分しました。この銭湯の事業主は、このような安全衛生法については、全く知りませんでした。しかし、「法を知らないということは、違法性を阻却しない」と言って、法律を知らないという理由でその責任を逃れることは出来ないのです。法を知らなかったことは言い訳にはなりません。そのため、事業主を検察庁に書類送検したのですが、事業主はかなり嘆いていました。このように、たかだか100Vであっても、条件が悪ければ死亡災害につながり、この法律を知らなかったために、人ひとりが亡くなるのです。だから、知識を持つことは非常に大事なことで、本日の漏電の話を忘れず、今後、電気ドリルなどを使用する際には漏電遮断機を介してコンセントにつなぐことを覚えておいて下さい。


【災害事例6】
  感電災害
 天井埋め込み型のファンコイル工事で、作業員が2階の天井裏にあがっての作業を行っている最中に発生した災害です。天井裏のため手元が暗く、100Vの作業灯をつけて作業を行っていました。しかし、どうも暗いため、作業灯を手元に引き寄せ、作業を続けました。しばらくして、この作業員が倒れているのを同僚の作業員が発見し、助けようとしましたが既に亡くなっているという災害が起こりました。災害調査の結果、作業灯は延長コードに接続していたのですが、この延長コードのコンセントに電灯線のプラグがきちんと差し込まれておらず、このプラグ部分に、たまたま作業員の銀のネックレスが接触し、電気が流れ感電したということが分かりました。これは、非常にまれなケースですが、悪い条件が重なり合うと、このような感電災害も発生するのです。
 感電について、ひとつ覚えておいてほしいことは、「死にボルト」と言いまして、人間は42Vでも感電死するということです。電気には電圧と電流があり、電圧が低くても、電流が多く流れれば、電力(ワット)は大きくなるので、42Vであっても条件が悪いと死亡につながります。したがって、電圧が低いからといって、安全では無いことを覚えて下さい。

【災害事例7】
  酸欠災害
 酸欠災害は、その状態が目に見えないため非常に怖く、知識があるかどうかに左右される災害です。一つ目の事例は日本酒の酒蔵で起こった災害です。酒蔵のタンクのサイクロン部分にホースを接続する作業を行っている時に、作業員がサイクロンをタンクの中に落としてしまいました。酒造業界では、酒を廃棄するとなると、酒税法の関係から非常に厳しい規制があり、たいへん面倒な手続きをとらなければなりません。手続きが大変なため、万が一、お酒の中にものを落としても、拾える物は拾ってしまうという傾向があるのですが、この作業員も梯子を使ってサイクロンを取りに行き、タンクの中に降りたところで倒れてしまいました。なぜ倒れたのか調べると、タンクの底には、酒が発酵したお粥状のものが残っており、酸素濃度が13%になっていました。酸素濃度が13%というのは、身体の自由が効かなくなる状態ですが、ちなみに酸素濃度が5%以下になると、一呼吸でも死亡します。この場合は、13%位だったので身体の自由が効かなくなり、うつ伏せの状態でお粥状の物質に顔を埋めてしまい、窒息死したというものです。この災害では、本人の不安全行動が大きく占めています。安易に、物が落ちたので、一人でタンクの底に降りていったことが一番の要因であると言えます。不安全状態という面では、酸欠作業に対する教育が出来ていなかったことや酸欠危険箇所という表示が、作業を行う場所に明示されていなかったこと等が挙げられます。

【災害事例8】
  酸欠災害
 次の事例は大手マンションの建設現場で、埋め立て地にマンション建設する工事で起こった災害です。地下室をつくるため、型枠をして、コンクリートを流し込みましたが、その後1階のフロア部分が出来るまでの2〜3ヶ月は、1階床面の開口部に木の蓋をおいた状態のまま放置していました。1階のフロアができあがった頃に、地下の型枠撤去のため作業員が地下室に入り込んだのですが、次々と作業員が倒れていきました。この時に、現場の職長が異変に気づいたので、すぐにコンプレッサーで空気を送り込んだため、作業員全員が助かりました。この職長の機転により、幸いにも死亡災害とはならなかったのですが、この場合も酸欠空気を吸ったために次々と倒れたのです。災害調査の結果、酸欠原因は2点ありました。1点目は、埋め立て地であったため、雨水と混ざって、海水が地下室に流れ込み、この流れ込んだ海水の微生物が呼吸することにより、酸素が消費されたということです。2点目は、型枠がラス型枠といって、鉄筋がむき出しの型枠だったため、その鉄筋が酸化し、酸素を消費していたことです。このことから、この地下室の酸素濃度は、13〜14%になっていました。広い地下室で、まさかこのような場所が酸欠危険箇所だとは思えないような場所でしたが、現に発生したのです。是非、参考にして下さい。

【災害事例9】
  熱 中 症
 8月のある暑い日にパチンコ屋の建設現場において、型枠大工として働いていた日系ブラジル人が午後から様子がおかしく、ぐったりした状態になっていました。職長がこの様子に気付き、この作業員を日陰の涼しい場所で休ませました。仕事も終わりの時刻に近づき、職長が様子を見に行くと、意識が無くなっていました。すぐに病院に運び治療を行ったので、命はとりとめたものの多臓器不全となって首から下がマヒしてしまいました。日陰で休ませておくだけでは、脱水症状は治まらず、水を与えたり、塩分を与え体温を下げる処置が必要だったのですが、それがなされなかったためにひどい結果となりました。熱中症は誰にでも起こり、この処置として水や塩分を補給してあげることを忘れず覚えておいて下さい。これから暑い時期となりますが、みなさんも気をつけて下さい。

最後に

 事例の紹介は以上にしますが、最後に「双葉にして断たざれば、斧を用いるに至る」という言葉を覚えておいて下さい。これは、災害を樹木にたとえたもので、双葉がでたぐらいの状態であれば、手で簡単に摘むことが出来ますが、いつまでも放っておくと、徐々に成長していき、簡単にはいかないということです。この斧は手間や費用を表しており、双葉の状態で見つけ、取り除いてしまうことが、一番手間や費用を掛けないという意味です。
 4年前に東海村の核燃料加工施設において放射性物質に被爆して2名の方が亡くなられた災害がありましたが、濃縮ウランを精製するのに、バケツで物質を入れかき混ぜる作業を行っていました。これはとんでもない作業ですが、作業員は知識がないため、規定通りの装置があったものの、バケツで行う方が簡単で早いため、安易にこのような作業を行ってしまったのです。何回かこの作業を行っており、監督者も見て見ぬ振りをしていたため、悪い条件が合致した際に、この災害は起こってしまいました。このように、「無知」ということも災害につながるのです。
 第1回労対研修会より言い続けておりますが、「自分の身は自分で守る」ためにも、いつも双葉のような状態のうちに危険を取り除けるような精神を鍛え、そして、自分自身を守るための知識を身につけるようして下さい。本日、お話ししました災害事例は覚えておくことで自分を守る、またはみんなを守っていくための知識として、このような悲惨な災害が起こさせない、先人の惨劇を二度と起こさないために大いに活用し、今後の業務につなげて下さい。本日はありがとうございました。

(文責:伊藤正樹)