旅の所感

〈福井篤史〉
 今回の第3次図書贈呈団はモンゴル国との交流が始まってから丸10年が経った節目の年であり、贈呈式以外にも冷水夫妻に真吾が訪れたマルチン郡で新しい思い出をつくってもらうこと等、自分に何ができるか何をしなければならないのか、いろいろなことを考えながら旅が始まりました。その中で自分に1番できることは子供たちとの交流であると思いました。
 エネレル子供センターでは子供たちと一緒に日本の歌を歌ったり、ボールが見えなくなるまでバスケットボールをしました。言葉は通じなくても、年齢が離れていても歌やスポーツ等で交流することで心が繋がることに驚きと感動を覚えました。センターに行くまでは親がいなくてかわいそうと思っていましたが、子供たちは勉強だけでなく、炊事、洗濯、掃除等、自分たちのことは自分たちでしていました。みんな目がキラキラと輝き、夢や希望を持って明日に向かって一生懸命に生きている印象を受けました。
 マルチンでの式典ではたくさんの人たちが集まってくれました。3年に1度のこの日を楽しみにしてくれており、私たちに対して感謝してくれ、私たちのことを本当に友達だと思ってくれていると感じました。いろいろな感情が溢れて涙が止まりませんでした。
 旅を終えていろいろなことを体験し、いろいろな感情が芽生えました。SKSから6人、鋼線労組から3人、冷水夫妻の計11人のメンバーが1つの目標に向かうことで日に日にお互いの壁がなくなり、1人はみんなのために、みんなは1人のために力を合わせ助け合い、心を繋ぎ合わせることができ、本当にすばらしい仲間になることができました。また、モンゴル人とは言葉は通じなくとも握手や共にスポーツ、音楽、遊び、食事等をすることでモンゴル人の心を肌で感じることができ、また日本人の心もモンゴルの人たちに感じていただき、たくさんの方々と心を繋ぎ合わせることができました。
 今回の第3次図書贈呈団が成功したのもこれまでの10年間のモンゴル国との交流に関わってこられた方々一人ひとりの努力があったからだと思っております。この第3次図書贈呈団のメンバーであったことに誇りと自信を持ち、これからの交流に繋げていけるように努力していきたいです。
 最後になりますが、第3次図書贈呈団に選んでいただいたこと、また仕事が忙しい中、快く送り出していただいた職場の皆様に感謝します。有り難うございました。




〈東田貴志〉
 私は9年ぶりにモンゴルを訪れました。当時と比べてまず、ウランバートルの発展にビックリしました。人々の服装もカラフルでオシャレになっているし、建物は確実に増えて、デザインも近代化していました。でも、少し郊外に出るとこれぞモンゴルといった大草原が広がっていて、とても懐かしい気持ちになりました。
 日程的に移動が多い内容だったのですが、オブス県マルチン郡に訪れると、大人も子供も出会う人々の全てがとても無邪気な笑顔で近寄ってくれたので、その笑顔にとても癒されました。
 マルチン郡で現地の中学生とモンゴル相撲をしたのですが、1回も勝てなかったのにはとてもビックリしました。肉料理が主食だけあって体系も筋肉質だし、一昔前の日本のように、暇さえあれば相撲を取っているのだと思いました。
 今回第3次図書贈呈団のメンバーとして参加させていただき、バザー等、組合員皆様方の協力で集めた資金で購入した図書を無事贈呈することができ、現地の子供たちの心から喜んでいる姿を目の当たりにして、この子供たちへの活動の必要性をとても痛感しました。また、この活動がこれからのマルチン郡の子供たちにとって、未来への可能性を広げることの手助けになると確信しました。
 今後もこの活動が継続されることを心から強く願い、これからもたくさんの組合員の皆様に現地へ行っていただき、この体験を肌で感じていただきたいと思います。(次に行くメンバーにはバレーボールの特訓が必要かも……。)
 仕事が忙しい中、快く送り出していただいた職場の皆様に心から感謝します。有り難うございました。


〈神地泰宏〉
 首都ウランバートルから飛行機で3時間。その後、車で、ゲルと羊が点在する以外何もない草原を砂埃をあげながら、ひた走ること約半日。やっとたどり着いたマルチン郡には豊かな気持ちがあふれていました。
 今回、図書贈呈団に参加して一番感じたことは、単に郵便で図書を贈るのではなく、図書贈呈を手渡しで直接行い、交流をすることに意義があるということです。もちろん、ほとんど言葉は通じないので、交流するとなればジェスチャーや表情、時には音楽であったり、時にはバレーボールをしたりモンゴル相撲をとったりなどです。
 表情で言えば子供たちの無邪気な笑顔が印象的です。モンゴルの子供たちは人見知りせず積極的に話しかけてきます。ジェスチャー等でコミュニケーションをとると、向こうも一生懸命、応えてくれます。1日後には、私を見かけると「カミジ、カミジ」と言って無邪気に寄ってきてくれました。もはや、親戚の子供みたいなものでした。モンゴルの子供たちの笑顔は、純粋で気持ちよく素直で素敵です。
 音楽の面での交流は、マルチン郡で山へいった際にモンゴルの先生方がモンゴルの歌で歓迎してくれ、贈呈団のメンバーも日本の歌でそれに応えるといったものがありました。心地の良い昼下がりにマルチン郡の山の麓でモンゴル・日本の双方の歌が響き合うという情景に、音楽の素晴らしさをつくづく感じました。またウランバートルでは楽団「イフガザル」のメンバーと夕食懇談の機会がありました。直前の講演で生ホーミーの幻想的な響きに心奪われたため、夕食懇談の際に、楽団員の方にホーミーの個別指導をしていただき、「肋骨の共鳴を感じなさい。そしてあと3年修行しなさい」との言葉をいただきました。なんとか、あと3年であの幻想的な響きをマスターし様々なところで響かせたいです。
 バレー交流では子供がひょっこり持ってきた、使い込まれたバレーボールが過去に贈呈したものだったので、この10年間の交流活動の歴史と交流に関わってこられた全ての人々の努力が遠く離れたモンゴルの大地で花開き根付いていると深く感じました。また、草原でのモンゴル相撲では、モンゴルの子供は本気で挑んでくるので、こちらも本気で挑まなければ小学生にも負けてしいます。文字通り体当たりの交流でした。大草原でのモンゴル相撲は勝とうが負けようがTシャツが引っ張られて伸び伸びになろうが、擦り傷ができようが、スケールが大きく本当に気持ちの良いものでした。
 ゲルに宿泊し、水の大切さを痛感し、モンゴルの大自然(大草原の羊、大草原に沈む夕日、こぼれんばかりの満天の星空、黄金色の月の出、砂漠、世界遺産オブス湖)を五感で感じながら、様々な人々と笑顔でふれあい、人と人、文化と文化の交流ができたモンゴルでの9日間でした。また、この第3次図書贈呈団は鋼線労組、SKS、エコユニオンのメンバーで構成されましたが、旅の中盤から贈呈団ではなく絆を深めた一家族といった感じでまとまっていました。その心地の良い大家族で、笑いあり涙ありの9日間を過ごせたことは、心に深く刻まれています。
 最後になりましたが、第3次図書贈呈団に選んでいただいた組合員の方々、本当に多忙な中、快く送り出していただいた職場の皆様に対して、心から御礼申し上げます。ありがとうございました。




〈川端 健〉
 第3次図書贈呈団に選ばれたことで初めてモンゴルに行かせていただくこととなりました。今回は事務局の立場であったため、旅の約1ヶ月前から贈呈品や交流品の購入、映像展、絵画展、除幕式の準備、旅のしおりの作成等で前日の夜まで準備に追われました。バタバタの状態でこの旅が成功することだけを祈ってモンゴル国の大地に降りました。
 ウランバートルに着いて初めて思ったことは道路の整備状況の悪さです。車はランドクルーザーやハマー等の高級RV車を街の至る所で見かけるのに対し、道路の整備が追いついていない、整備をしようともしていない。水道にしても茶色い水が出たり、温水パイプラインから供給されるホテルのシャワーのお湯が出なかったり、モンゴル国の首都である大都市ウランバートルの道路や上下水道、温水供給といったインフラ整備の遅れに戸惑いを覚えました。
 しかし、エルデネットやマルチンへ向かう移動の道中で見た景色はさすがにモンゴル。見渡す限りの大草原、日本ではまず見ることのできない地平線、砂漠、羊やラクダの群れ、飛行機から見たどこまでも続く陸地、世界遺産のオブス湖、旅の準備に追われていたことやウランバートルのインフラ整備のことなど一瞬にして忘れさせてくれる壮大な大自然がありました。その大自然を見て、空気を吸って、大地を踏みしめ、手で触り、風を体全体で受けたとき、モンゴルに来て良かったと初めて思いました。また、マルチンで見た星空はこれぞ天然のプラネタリウムと思いました。日本の家族と同じ星空の下で繋がっていることを思うと家族が恋しくなりました。
 6月1日の記念式典本番当日。準備してきた映像展のプロジェクターが起動しなかったときは正直焦りましたが、映像展も含め、式典が何とか無事に終わったときはほっとして体の力が抜けました。あの脱力感を今でも覚えております。
 そして何と言ってもこの旅で一番心に残ったことは自分の誕生日をサプライズでメンバーが祝ってくれたことでした。式典に対するプレッシャーから解放されたばかりで自分の誕生日どころではなかったのにメンバーが祝ってくれたので、嬉しすぎて、泣いて、泣いて、ウォッカを飲んで、また泣いてメンバー全員と抱きしめ合ったことは一生忘れることはないでしょう。この4月に定年を迎えた両親に対し、6月1日にこの世に産んでくれたことを改めて感謝したいと思います。
 また、今回の旅でこの活動の大きさに気付いたことは、マスメディアへの出演です。たしかにマスメディアに出演することが目的ではないのですが、モンゴル国でこの活動が取り上げられていることに対し、この活動は間違っていないと思うことができました。ここまで築き上げていただいた諸先輩方の努力に対し、心から感謝したいです。
 この第3次図書贈呈団は鋼線労組、SKS、エコユニオンのメンバーで構成されましたが、最高のメンバーにめぐり会うことができました。特に鋼線労組に参加いただいたことでこれからの神鋼グループ全体に活動が広がってくれればと思います。今回3名参加いただいたことに感謝したいと思います。また、このめぐり合わせとこのメンバーで共に過ごした9日間はかけがえのない財産になると思います。
 最後になりましたが、第3次図書贈呈団に選んでいただいた組合員の方々、超多忙にもかかわらず快く送り出していただいた職場の皆様に対して、心から感謝いたします。有り難うございました。


〈東 太志・神鋼鋼線労働組合〉
 今回、神鋼環境ソリューションさんが取り組まれている図書贈呈に参加させていただくことに私だけではなく、一緒に参加する尼崎・尾上両地区の青年婦人部長そろって「他労組の私たちにいったい何ができるのだろう…」と大きな不安を抱えたままモンゴルへ飛び立ちました。
 モンゴル(ウランバートル)に降り立つと本当に町! 日本よりも車の渋滞で空気が排気ガスで酷く、驚きました。マルチン郡では皆さんのイメージするモンゴル! 大自然! 天候が良かったこともあり、見たこともない星空に吸い込まれそうになった気持ちを今でも覚えています。この旅は長時間の車移動や食生活の違い、環境等々とても過酷。そんな旅を第3次図書贈呈団のメンバーと共に助け合い、共に笑い、共に泣き、共に歌い、そしてまた共に泣き…気持ちが一つになるということはこういうことなんだと実感しました。
 人と人の交流とは言葉が通じなくても目を見て、触れ合い、抱きしめて、気持ちやその感動を共に感じること。そんな今まで経験できなかったことを短期間で体験でき、その時に最初に思っていた不安など何処にもなく、両地区の部長やメンバー全員の眼を見た時に「モンゴルに来て良かった。」「みんなが何かを手に入れたんだなぁ」と強く感じました。
 私個人の考えですが、この体験談を少しでも色々な人たちに伝えていき今回の広がりから神鋼グループ全体に広がり、そして行動に移すことができるのであれば、タイトな日程も各労組で分散し活動範囲も広げられます。また、医療器具贈呈の際は使用方法の講義等を行うことができれば、更に交流活動の輪が大きなものになり、神鋼連合としても連携強化に繋がると感じました。今回、鋼線労組として参加できたことが繋がりの大きな一歩であり、次の輪の広がりへの新たなスタートでもあると思います。


〈近藤正哉・神鋼鋼線労働組合〉
 今回、モンゴル図書贈呈団に参加させていただくということで、大きな緊張と、もっと大きな不安を持ってモンゴル国に行きました。
 モンゴル国に着いてすぐにモンゴル国営放送出演と日本大使館表敬訪問があり、初日からこれまでに味わったことのない緊張の連続でした。
 9日間で一番印象深いのは、やはりマルチン郡での生活です。そこで生活している人たちは明るく優しくて、どこに行ってもお皿一杯の羊の肉とウォッカで温かく歓迎してくれました。
 日本人に合わせていただいた味付けだったのにもかかわらず癖のある羊の肉に最初は涙を流しながら苦戦してたのですが、日に日に慣れていくのが自分でもわかるくらい食べられるようになっていました。図書贈呈式や交流会では子供たちの無邪気な笑顔に癒されました。私は子供たちと一緒に折り紙をしたのですが、言葉の壁を感じさせないほど楽しい時間を過ごすことができました。
 今回、マルチン郡の人たちにとっての図書贈呈団の必要性と、今までの積み重ねを身をもって知ることができたと思います。
 今後、私自身がどのような形で協力できるか想像もできませんが、今回、体験したことや感じたことを家族や友人、そして会社の仲間たちに伝え、もっともっと大きな交流の輪が広がっていくことを願っています。




〈野井勇希・神鋼鋼線労働組合〉
 今回、海外へ行くのも初めての私が第3次図書贈呈団に参加させていただくにあたって「足を引っ張らないだろうか」と不安だらけでした。韓国経由でモンゴルへ行き、首都ウランバートルに降り立つと、建物や車の渋滞の激しさに驚きました。食事面では必ず肉が出ます。毎回肉の量が多く、着いて1日目で少し胃が痛くなりました。モンゴルで出会った方々や図書贈呈団のメンバーの人の優しさに実際に触れ、大袈裟に言うと日本よりもモンゴルの人は温かい人ばかりだと感じました。短い日数ではありましたが、先輩方や冷水夫妻の助けもあり、モンゴルで学んだこと、楽しかったこと、辛かったことと、充実した日々でした。最後にメンバーの方から「野井ちゃん、ありがとう」の言葉を聞いて、最初の不安もすべて吹き飛んでいました。この図書贈呈をもっといろんな人に知ってもらいたいし、反対にモンゴルの人を日本に招き、日本を案内したいと感じました。私自身も、もっと冷水真吾さんが見てきた世界を学び、第2の真吾さんになりたいと感じた気持ちを忘れずに頑張っていきたいと思います。本当に有難うございました。