神鋼環境ソリューション労働組合OB会
「あいゆう会」の第7回定期総会開催!!

 1月29日(日)午前10時より、JR神戸駅南側にある神戸市産業振興センターで、第7回定期総会が開催されました。近澤会長の挨拶から始まり、2005年度の活動報告、続いて2006年度の活動方針案が提案されました。出席者からは「ハイキングなど健康づくりに役立つ催しをしてはどうか」などの活発な意見も出され、全員承認のもと活動方針と予算が可決決定されました。また、神鋼環境ソリューション労働組合の関谷執行委員長より、好調なプロセス機器事業部(旧化工機事業部)の状況をはじめとした神鋼環境ソリューションの近況について報告を受けました。その後、一旦休憩に入り、続いて特別講演として元神戸東監督署署長の茶園幸子さんから「労働基準行政とともに34年」と題した講演をして頂きました。監督官時代のエピソードが楽しい語り口調で紹介され、1時間の講演が短く感じられました。懇親会は、現役の青年部とユニオン役員の代表の皆さんとの交流も図られ、昔を懐かしみながらの楽しいひとときとなりました。


あいゆう会会長 近 澤 長 年

 本日は寒い中、早朝より出席下さいましてありがとうございます。
  また平素より、あいゆう会諸活動にご理解ご協力を賜り厚くお礼申し上げます。
 さて、昨年の世相を表す漢字一文字は「愛」でしたが、国内においては様々な大事件や大事故が起こりました。特にJR福知山線の人災による電車脱線転覆事故、年末には羽越線の脱線等、JRは安全面に不信を買う結果となりました。また、台風による丸山川の河川氾濫、海外ではハリケーン・地震等、自然災害の多い年でもありました。一文字で現すなら「災」の年ではなかったかと思います。「愛」の方はというと、さして多くはなく、強いて言うなら、愛知「愛地球博」の開催、阪神タイガースのリーグ優勝、宮里藍ちゃんの米国プロゴルフツアー資格のトップ取得ぐらいかと思います。そのような中ではありましたが、当会では第6回総会においてユニオン結成50周年の佳節を祝い歴代委員長をお招きして懇親会を行いました。
 バスツアーには、多数の会員並びに執行部、現職の方々の参加を頂き、赤穂海浜公園と赤穂ハイツを訪れました。塩作り体験をしたり、公園を散策したりと、のどかな時間を過ごし、展望風呂で汗を流し、懇親会でたっぷりと親睦を深めることが出来ました。本年も「普段着で気軽に参加出来る」をモットーに活動してまいります。講演会の聴講や、ハイキングなど、いろいろな行事を企画していきたいと思いますので一般参加ができるような催しがあれば、事務局までお知らせ下さい。また、会員情報誌の「あいゆう会だより」の充実を図るため、皆様方の趣味(絵画、書道、武道等)を始めたきっかけ、長く続くヒケツ等々の投稿をお願いします。皆様方におかれては健康維持のため、それぞれの方法で身体を動かしていると思いますが、続けることが大切ですのでお互い頑張りましょう。




「労働基準行政とともに34年」
元 神戸東監督署署長
茶 園 幸 子 さん

 元神戸東監督署の署長を務めていらした茶園さんは、このあいゆう会の会員とほぼ同じ世代を働いてきていらっしゃいます。そんな茶園さんの監督官時代のエピソードを当時の労働環境を思いながら、ご紹介頂きました。以下、講演内容を抜粋しています。
まず、労働基準監督署とは、どういう機関か?

 法律というものは作っただけではダメで、それを監督する人がいなければいけません。労働基準法を監督する機関、それが、労働基準監督署です。私は、昭和41年から公募が始まった監督官の3期生として入りました。70数名入ったうち女性は3名だけでした。監督官は労働Gメンと呼ばれ、悪質な違反者がいれば、逮捕することも出来ます。

男社会を痛烈に味わいました。
 大手メーカーに行った時のこと、初仕事に張り切って行った所、会議室で名刺交換が始まりました。ですが、すぐ前の人までは名刺を交換していたのに、いよいよ私の所に来ると待ち構えていると、通り過ぎてしまいました。相手の方は私のことを荷物持ちか何かだと思った様です。このことは自分にとって情けなく、深く落ち込みました。男社会の考え方に対する悔しさと情けなさを感じましたが、「よっしゃ!やったる!」と言う、やる気に変えて頑張りました。

労働は美徳?−高度成長期の日本の労働事情−
 労働基準監督官は、司法警察としての仕事ができます。労基法違反者を監督官が処分できます。当時は交通事故の増えている時代でした。トラック会社へ行政指導に行った時のこと。トラックの運転手が休み無しに労働していることを見つけました。早速、三・六協定(労働基準法 第三十六条 時間外及び休日の労働 に関する協定)違反として、違反勧告を出しました。
 その後、再指導に行きましたが、全く改善されていませんでした。このため、悪質な違反ということで、行政指導を超えて罰則を与えることにしました(司法処分)。ですが、資料を集めるため、被害者(トラックの運転手)へ事情聴取を行っても、なかなか本当のことを言ってくれません。
 やっとのことで状況を聞き出し、書類をまとめて検察庁へ提出すると、検察庁より「不起訴」との連絡がありました。「なぜ?」と憤り、公安部長へ直接話を聞きに行きました。そこで「日本人の労働に対する考え方は美徳だ。法に触れることかもしれないが、勤労を罰するのはどうかと思う。このため、今回は『起訴猶予』ということで処置した。」と、聞かされました。今では間違いなく犯罪ですが、当時はそういう時代でした。この話を聞いて自分がやったことは無駄では無かったと分かり、肩の荷がおりたところで、やっとおいしいお酒を飲む事が出来ました。


講師プロフィール

経歴  
1968年4月 労働基準監督官任官
神戸西労働基準監督署勤務
1971年〜75年 大阪労働基準局勤務
1976年4月〜 兵庫労働基準局
神戸西署・局・高砂署
尼崎署・神戸西署
1988年4月〜 西宮署次長・姫路署次長
1991年4月〜 西脇署長・局監督課主任監察官・西宮署長
尼崎署長・神戸西所長
2001年4月〜 神戸東監督署長就任
2002年4月 同署長退任
2002年4月〜 コープこうべ
労務・安全衛生管理
顧問就任、現在に至る



あいゆう会第7回定期総会に出席して
阪本 政巳

 今冬は非常に厳しい寒波に見舞われ、私ども高齢者(?)にとっては、外出することが億劫になり、家の中に閉じこもることが多いこの頃でした。あいゆう会総会当日の朝は風もなく小春日和で清々しい朝を迎え、電車に乗ると何か安全衛生室に通勤しているような気分で、神戸駅に着きました。改札を抜けると懐かしい人たちの姿が見え、「ああ来て良かったな……」と思い元同僚と、お互いの近況を報告しあいながら会場へ向かいました。
 会場には約65名のOBの人たちが出席され、顔を合わせると「元気か?」とニコニコ顔で「お互いに年をとりましたな」など、声を掛け合い再会出来たことを喜び合いました。また現役の方々(後輩)に迎えられると、15年分の時計が一瞬にして逆戻りしたかの様に、一緒に仕事したことが次々と思い出され、「当時の作業標準が今でも参考にしています」と聞いたときは、「あ〜あの時は、しんどかったけどつくっておいてよかった」と思いました。
 総会が近澤会長の挨拶で始まりました。そして今回は特別講演として、元神戸東監督署長、現コープこうべ、労務安全衛生管理担当顧問を務められている、茶園幸子様が「労働基準行政と共に34年」と題して、ご自分の職業に対しての人生観を熱心に語っていただき、私どもにも解る用語で、職場においても、家庭においても安全衛生管理が如何に大切であるかを教えて頂きました。私も2001年9月に定年退職し2年後に右賢臓切除と膀胱腫傷で約1年間、入退院を繰り返しました。体力と気力が低下してきたこと感じるようになり、今は自分に合った体力づくりを実行しています。「健康であれば、今日のように仲間に会える。」この気持ちを忘れずに健康管理に気をつけて、また来年も参加したいと思っております。


▲元気にピースする阪本さん


あいゆう会に参加して
二星 保夫

 昨年(H17年)9月、無事定年を迎えました。年金も3年後であり、また健康の為にもと思い、現在SKL技研でお世話になっています。清掃、草木の手入れ、総務からの依頼ごとなどで忙しく毎日元気で頑張っています。週末には家庭菜園(というには少々規模は大きいですが)に精を出し、夏はスイカやトマト、その他色々な物を作り、水やりや草引きで忙しく早朝より頑張っております。昨年から今年にかけて、どういう訳か野菜の成育が悪く(プロも同じようです)、悩んでいますが、もっと勉強して、あらゆる場面に対応できるよう努力していきたいと思っています。尚、採れた野菜は隣近所や友人にお裾分けして、喜んで貰っています。
 今回初めて参加しましたが、先輩方の元気そうな姿、近況を聞く機会を得て本当に良かった、次回も必ず出席したいと思っています。
 関係者の方々にはこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。


▲右端に二星さん


あいゆう会総会に出席して
播磨ブロック 今倉 滋行

 私は、お客様へ納入した機器のメンテナンスを担当していますが、諸先輩方が現役時代に製作された機器も多く、なかなか現役では難しい機器もあり正直苦労することも有ります。
 今回初めて現役代表として参加させて頂き、久しぶりにお世話になった先輩方にお会いすることが出来ましたが、出席されていた方々はまだまだ現役と遜色なく見受けられましたので、今からでも一緒に作業(仕事)が出来るのでは?と思いました。それほど、定年後も益々元気で活き活きとしておられたお姿がとても印象的でした。またお会いできる日を楽しみにしています。


▲現役の代表として参加した今倉さん(右端)



 現役の頃から趣味で始めた「凧づくり」も気が付けば24年になりました。会社を退職する時も、70人ぐらいに作った凧を配ったこともあります。退職してからは毎日が日曜日なので時間があるだろうと思われるでしょうが、結構やることが多いし、近くの山へ分け入り、竹を切り出し、加工するところから絵付けまで、結構、手間ひまのかかる作業なんですよ。それに、やり始めると、とことんやらないと気が済まないので、ついつい根を詰めて疲れてしまいます。寝ていても凧のことが頭から離れないんですよ。そんな時は、「数独(1から9までの数字を縦、横、かぶらないように並べる数字のパズル)」をしてリフレッシュさせています。
 始めた当初は、伝統的な武者凧などの図柄を真似て大きな凧を作っていましたが、経費も製作日数もかかるので、今では、サイズの小さな凧を作っています。馴染みの寿司屋に頼まれて、お正月にお客さんへ配る縁起凧(手のひらサイズの凧)を何十個も作ったりしました。また、手のひらサイズの凧は、バス旅行やウォーキングに参加した時の記念に、行先や見学した施設などを文字や図柄にした記念凧にして参加者へ配ったりもしています。これが、結構、楽しみにしてくれている様で、作りがいがあります。
 こうやって凧を通して知り合った人の口伝えで「凧づくり」のことが広まり、最近では兵庫県の中学校で実施している「トライやるウィーク(体験学習週間)」で、凧づくりの講師として招かれることがあります。凧づくりに限らず伝統工芸の業界では、継承者の不足がよく言われていますが、こういった気軽な体験から、伝統を次の世代に受け継いでいってくれればと願いながら、教えています。
 これからも、凧づくりを通してどんな人と出会えるか楽しみです。


▲手のひらサイズの凧


芝田博之さんを偲ぶ
神鋼環境ソリューション労働組合   
副執行委員長 小 角 又 市
 
  3月6日の午後、会社からの電話で、芝田博之さんの訃報を聞かされた時は信じられませんでした。誰からも好かれ、家庭を愛し、仕事を愛し、同僚を愛してきた芝田さんの気さくで飾らないお人柄は、包容力があり、接する全ての人たちに親しみを与えてくれました。また、組合の常議員会議長としても、焼成の職場長としても、信頼できる先輩と慕われていました。
  これからは、顔を見ることも、声を聞くことも出来なくなりましたが、思い出だけは脳裏に焼き付けて、忘れることは無いでしょう。どうか末永く私たちを見守り続けてください。